コラムNo.105 属人化は本当に悪者か

 店舗における人材育成の基本は「知らなかったことを知り」、「わからなかったことをわかるようになり」、「できなかったことをできるようになる」ことの支援です。つまり「知る」「わかる」「できる」のサイクルを回し、知識と技術のレベルを上げていくことであり、さらにはそこに経営理念の軸を通し、人間的成長を促すことも人材育成の要諦となります。

 

 このことから、人材育成マニュアルには「理念」「知識」「技術」が有機的に結びついた内容であることが求められます。この3つはよく言われる「Why」「What」「How」とも言い換えることができるでしょう。

 

 いずれにしても、「知識」だけでは頭でっかちの評論家になり、「技術」だけでは視野の狭い職人気質となり、「理念」だけでは絵に描いた餅となります。3つが融合して初めて意味のある人材育成マニュアルができあがるのです。

 

 こうしてできあがった人材育成マニュアルを本棚の奥にしまい込んだままでは、文字通り宝の持ち腐れとなります。血を通わせ、魂を入れるためにはやはり「擦り切れるほど活用すること」が唯一の手段となります。

 

 活用することとは、毎日、毎時手元に置いておき、必ずマニュアルをベースに教えていくことです。そもそもの前提として、人材育成マニュアルにはしなくてもいいことなどは一つも書いてありません。その店舗で働くすべてのスタッフが必ずやるべきことが克明に記されているものなのです。

 

 それを生かさない手はなく、そのマニュアルの内容が教える側、教えられる側双方にとって、細胞の一つ一つに染み渡るまで使い切ることが店舗の、会社の成長にもつながります。

 

 人材育成マニュアルは育成におけるすべての基礎になっていることは当然として、一方でずっとそこに立ち止まっていても成長はありません。基本から応用へとステージを変える必要が出てきます。ただし、応用とはいっても基本がなければ土台無理な話です。ここで難しいのは、基本的な仕事が100%できる状態というのはありえないということです。ですから、見切り発車で次のステージに上げる判断をすることも非常に大事なことだといえます。矛盾するようですが、応用することで基本の大事さを理解できることも多々あることなのです。

 

 例えば、飲食店のレジ際で現金やクレジットカードの通常のやりとりはとりあえず問題なくできるとして、クレジットカードが通らなかった場合、あるいはスマホ決済ができると勘違いしてそれ以外何も支払方法がないお客様の場合など、イレギュラーなケースへの対応、またお客様の誕生日や合格祝いといった、来店の目的がその時に判明した場合にどう動くかという事例が挙げられます。これらは、いかにしてマイナスをゼロに(問題解決)、ゼロをプラスに(通常のサービス)、プラスをもっとプラスに(特別サービス)するのか、という見方もできるでしょう。

 

 もちろん応用例を積み重ねていくことで、素晴らしい応用マニュアルもできあがりますが、実際は一つとして同じ事例はありません。どれもが初めての事例なのです。そこに基本の重要性があり、経験したことのない白紙の部分に対していかに応用するかという応用力の難しさがあります。しかしだからこそここに成長の「肝」があるのです。仮に何もできなかったとしても、その時は基本に立ち返り、お客様にとって何が一番良いのかを考え直すきっかけともなります。結局うまくできてもできなくても、必ず成長へとつながるのが実践の場なのです。

 

 実践の場を任せることは人材育成の一番の方法です。「できないからやらせない」ことも必要な場面は当然あります。しかし「できないからこそ、見守りながらやらせる」ことはそれ以上に価値の高い仕事です。店舗の差別化の源泉は「徹底的な基本の遵守」とそこから生まれる「柔軟な応用力」です。マニュアルの重要性は口を酸っぱくしてお伝えしていますが、その基本があればこそ、人それぞれに応用を任せることができます。これこそが人を生かす良い属人化と言えるのです。