コラムNo.185 その専門家はアテにならない

 

 「専門家の判断は統計より劣る」

私もいわゆる専門家の端くれの端の方にいますので、この一文にはちょっと心がざわついてしまいます。一言でいえば、専門家の存在する意味がないのと同義であり、仕事を全否定されているような印象を受けます。

 

 冒頭の文は、ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンの著書「ファスト&スロー 早川書房」の中から取り上げました。書籍中では、「専門家の予測精度」と「数値化による統計的な予測精度」を調査した結果、例えばがん患者の生存年数、新規事業の成否、銀行の信用リスク、サッカーの勝者、ワインの将来価格など、その他多数も実例として示され、そのほとんどで専門家の予測精度は統計的予測精度を下回ったそうです。この事実に関しては、もはや論争の余地はないとする著名な研究者の言葉も引用しています。

 

 そもそもこの書籍「ファスト&スロー」は、かなりざっくりまとめると、脳の働きをシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)とに分け、人間の判断がいかに「いい加減」でエラーを起こしやすいかということをあらゆる実験や調査などから浮き彫りにしていく内容となっています。

 

 冒頭の例もそのうちの一つで、専門家の場合は、「賢く見せようとしてひどく独創的なことを思いつき、色々な要因を複雑に組み合わせて予測を立てようとする」、また「複雑な情報をとりまとめて判断しようとすると、人間は救いようもなく一貫性を欠くこと」が統計的予測に劣る理由だとされています。

 

 賢く見せようとすることは何となく想像できますね。私も反省することが少なくありません。また一貫性がないというのは、事例として放射線技師、監査人、病理学者、心理学者などの調査で、同じ情報が2度目には違う判断となったことが多数認められてます。怖いことに同じX線写真でも正常と異常の判断が変わるとのこと。

 

 いずれにしても、脳のエラーのしやすさが一つの大きな要因であり、しかもそれがかなりの影響を与えています。さらに他にも脳のエラー要因は数多く存在します。ここで私を含む専門家と言われる人たちが気を付けるべきは、自分の頭の特徴、つまり脳のクセを知っておくことです。

 

 誰でも専門家を長くやっていると、もともとの脳のエラーにプラスして、環境が変わらず考えが凝り固まり、自分の意見に固執してしまう状況になりやすいのは否めません。そうなると専門家としては、間違いなく誰からも相手にされなくなるでしょう(はっきりとは言われませんが)。

 

 私も実際にそんな人たちを見てきました。悪いことに当人たちは全くその状況に気づいていないのです。とはいえ、そういう私も偉そうなことは言えません。自分自身がそう思われている可能性があります(ぜひはっきり言ってください)。

 

 脳は自分が思うより、かなり影響を受けやすい器官です。全ての人にとって、同じ環境に長年居続けることは、あらゆる意味で想像以上のリスクです。皆さんもぜひ、脳のクセを知り、その上で自分にとって良い環境(快適と言う意味ではない)をつくっていきましょう。