ニュースの論点No.61 現金だけでは生きていけなくなる

  「キャッシュレス決済普及へ 中小支援」日本経済新聞は2018624日、こう題した記事を掲載しました。記事によれば、「政府は201910月に予定する消費税率10%への引き上げ時に、中小の小売店や飲食店に対してキャッシュレス導入を支援する。必要な端末を配布するほか、買い物代金の一部をポイントで還元するための補助を検討する」とのことです。

 

 また同記事で「経済産業省の調査によると、日本はクレジットカードや電子マネーなどで現金を使わないキャッシュレス決済の比率が2割程度にとどまる。韓国は9割、米欧は4~5割がキャッシュレスだ」とも報じています。ちなみに記事にはありませんが、中国のキャッシュレス比率は6割と言われています。

 

 お隣の韓国が9割ものキャッシュレス決済を実現しているのは、政策によるものが大きいでしょう。まず韓国ではクレジットカードの年間利用額の20%30万円を上限として所得控除されます。さらにクレジットカードの1000円以上の利用で毎月の賞金総額18千万円の宝くじの権利を獲得できます(レシートにランダムな数字が記載され、それが抽選番号となります)。そして年商240万円以上の店にクレジットカードの取り扱いを義務化しています。

 

 利用者側にはメリットを与え、店舗側には強制的に導入させる。韓国ではこの政策で爆発的にクレジットカード決済が普及しました。その背景にあるのが、1997年のアジア通貨危機です。当時、IMFより救済を受けた韓国は、国内経済を活性化すべく、内需拡大と同時に小規模事業者の売上を把握し、脱税防止を徹底するためにクレジット決済を推進しました。この政策が現在の高キャッシュレス社会を実現することに一役買っているのです。

 

 この韓国の政策は人間の心理、およびそれに基づく行動をうまく取り込んでいると言えます。人は現金で支払う時、実際に脳で「痛み」を感じています。MITのドラーゼン・プレレックはその瞬間を計測し、実験でも証明しています。ドラーゼンはクレジットカードと現金を使用する際の痛みの差も調べていますが、クレジットカードでの買い物は現金を手放す際に感じるような痛みは無く、買い物の喜びだけを感じる傾向にありました。

 

 つまり、クレジットカードでの買い物は現金よりも確実にその使用回数、額を上回り、現金のように痛みを感じないため支出を抑える効果もなく、当然の帰結として経済のパイ全体は大きくなります。すなわち内需拡大です。さらにこれまで小規模店舗での現金決済では残らなかった詳細なデータも手に入り、確実な売上の把握、容易な課税、税収のアップにつながるのです。

 

 しかし、そのしわ寄せは当然どこかにあらわれます。政策発動後の数年は債務不履行者が急激に増加し、カード会社の収益性も悪化する事態も招いています。このように負の側面もありましたが、それでもさまざまな紆余曲折を経て韓国ではキャッシュレス化が根付き、現在9割ものキャッシュレス決済比率になっているのです。

 

 中国も6割と高いキャッシュレス比率となっていますが、こちらはスマートフォンの爆発的な普及と、それにともなうQR決済が広がったことが要因の一つと言われています。それに加えてモバイル決済の決済手数料が安く、平均で0.6%と店舗が導入しやすいこともキャッシュレスを後押しした要因と言えるでしょう。

 

 欧米ではクレジットカードが決済の主な手段となっていますが、クレジットカードが普及する前は小切手での決済が習慣化していました。現金よりも携帯性に優れ、防犯上も有効だったことがその大きな理由と言えます。小切手はクレジットカードとその特徴が似ているため、欧米では比較的スムーズにクレジットカードに移行したと思われます。もともとの合理的な国民性も相まって、キャッシュレス社会は当たり前のこととして必然的に広がっているのでしょう。

 

 さて日本はどうでしょうか。キャッシュレス決済は2割と各国に比べて非常に低くなっています。これには様々な理由が考えられます。まずよく言われることは、店舗側がクレジットや電子マネー決済に対応していないということです。特に小規模な店舗は現金のみの店もよく見受けられます。なぜ導入しないのでしょうか。

 

 その理由のひとつとして、高い加盟店手数料が挙げられます。顧客がクレジットカード決済をするごとに、大型チェーン店では1~1.5%、デパートなどは2~3%、居酒屋、バーなど飲食店では4~7%を加盟店手数料としてクレジット会社に支払わなければなりません。

 

 特に飲食店は歩率が高く、決済にかかる手数料だけで結構な利益を食いつぶされるわけですから、割に合わないと思う経営者が大半でしょう。現金決済のみで対応したいというのは心情的に理解できます。

 

 また、次に理由として考えられるのは、クレジット決済は売上金の入金にタイムラグがあるため、キャッシュフローが悪化する懸念があることです。店舗としてはすぐにでも売上金は回収し、それを仕入れやさまざまな投資に使いたいと思うのは当然のことです。

 

 次に少し特殊な理由として、ごく一部の店では、税務当局に正確な売上を把握されたくないという動機もあるでしょう。要は売上隠しや脱税を容易にするためです(これは論外ですが)。

 

 このように日本のキャッシュレス化が進まない理由は、店舗側だけでもさまざまなものが挙げられます(これ以外にもあります)。もちろん店舗側だけではなく、利用者側の理由もあるでしょう。日本において、クレジットカードの発行枚数は27千万枚です。それがあまり使われていないことも大いに影響していると言えます(アメリカの発行枚数は85千万枚、韓国14千万枚。一人当たりでは日本、アメリカ、韓国とも2.7枚でほぼ変わらず)。

 

 以上のように、日本ではさまざまな要因が絡み合いキャッシュレス決済が進んでいないため、今回の記事のように端末を配ったらキャッシュレス決済が普及するということにはならないでしょう。無駄とは言いませんが、あまり効果は期待できません。そもそもキャッシュレス決済端末は現在でもタダ同然で手に入ります。政府が関わるのであれば、韓国と同様の強い姿勢が無いと普及は難しいでしょう。

 

 近年、ネット通販が隆盛し、最近では無人店舗も増えてきています。現金が使えない店も現れ始めました。テクノロジーの進展とともに、また人手不足に対する策としても、今後はどんどんこういった店舗が増え、必ずキャッシュレス社会は加速していきます。日本はまだまだ普及しないね…では通用しなくなるのです。

 

 キャッシュレス決済はクレジットカードだけではなく、モバイル決済や電子マネーなど手段はいくらでもあります。特にモバイル決済はクレジット決済よりも手数料が安く、導入しやすくなっています。店舗側の負担は減り、加盟店手数料が重荷にならなくなっているのです。

 

 店舗ビジネス経営者は顧客の利便性を常に一番に考え、様々な支払方法に対応するべく動いていく必要があります。政府に頼らず、自ら新しいものを取り込むことで新陳代謝をし、成長を続けることが生き残る唯一の道と言えます。旧態依然としたままでは、お客様は離れていくだけなのです。