
「あなたの会社には、戦略がありますか?」
そう問われて、即答できる経営者は多くありません。私自身、これまで多くの経営者と話してきましたが、「戦略が大事だ」と語る人に出会うことは数えるほどです。
多くの経営者は、日々の売上や仕入れ、顧客対応に追われ、「今日は何をするか」という戦術レベルの話に終始しています。
つまり、経営の現場では戦略よりも日々の判断が優先されているのが現実です。しかし、戦略のない経営は目的を欠いた行動の連続であり、生業の延長線上にとどまります。
戦略とは、未来を描き、そこから現在を選び取る行為です。いま起きている出来事に反応するのではなく、将来のあるべき姿を先に定め、その姿から逆算して「何をやらないか」を決めることが出発点となります。
熊本で理容室を営むある経営者は、来店客が減ったことでSNS広告に力を入れていました。しかし、顧客の多くが高齢者層であることに気づき、即効性のある広告ではなく地域との長期的な関係づくりへ舵を切りました。
町内会との交流や地元イベントでのボランティア活動を通じて信頼を築いた結果、半年後にはリピーターが増え、広告費をかけずに売上が回復しています。思いつきのようにSNSを使うのはその場しのぎの戦術にすぎません。未来を見据え、「誰に、どんな価値を届けるか」を選び取ることこそが戦略です。
なぜ戦略が必要なのか。つまるところ経営が「制約」と「競争」の中にあるからです。もし資金も人材も時間も無限で、競合相手も存在しないなら、戦略を考える必要はないでしょう。
しかし現実の経営は、限られた資源をどう配分するかの選択であり、同時に他社や代替手段との競争の中で自社の位置を定めなければなりません。
戦略とは、限られた資源をどこに集中させるか、どの市場で戦うか、あるいは戦わないかを決める意思決定です。競争があるからこそ、差別化や独自性が生まれ、そこに戦略の意味が宿ります。
戦略の失敗は、戦術ではカバーできません。どれだけ努力を重ねても、登っている山を間違えれば、いくら早く進んでも頂上には着かない。
ある飲食店では「客単価を上げたい」として高級メニューを導入しましたが、地域の顧客は価格に敏感で常連客が離れてしまいました。問題はメニューではなく、顧客構造や地域特性を知らないまま方向を決めたことにあります。
孫子の「彼を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉のとおり、外部環境と自社の実力を正確に見極めなければ、戦略は成立しません。
戦術は、ある意味でその場しのぎです。いま目の前の問題をどう乗り切るかという発想に立っています。もちろん現場には即応力が必要ですが、戦術だけでは経営の根本は変わりません。
戦略を医療にたとえるなら「根治治療」、戦術は「対症療法」です。売上が下がったから広告を打つ、離職が増えたから採用を強化する。こうした対応は痛みを和らげるだけの応急処置にすぎません。
デイサービスを運営する事業者が利用者減少に悩み、送迎回数や昼食の質を改善しても効果が出ませんでしたが、原因が「家族との情報共有不足」にあると気づき、定期的な面談やLINEでの報告を始めたところ信頼が戻りました。これはまさに戦略的な治療であり、症状ではなく原因を治した結果といえます。
一方で、「策士策に溺れる」という言葉のとおり、戦略を考えすぎて迷走する経営も少なくありません。戦略を立てること自体が目的化し、現場が動けなくなったり、流行の手段を追いかけて方向を見失ったりする。
戦略は本来「策」ではなく「道」です。何を大切にし、何を守るのかという理念に立脚してこそ、戦略は意味を持ちます。迷ったときに立ち返るべきは、数字でも手段でもなく理念であるべきです。知恵を使いこなすためには、知恵に溺れない謙虚さが求められます。
孫子は「戦わずして勝つ」と説きました。現代の中小企業に置き換えれば、それは「他社と比較されない存在になる」ということです。価格や広告で競争しても、大企業には勝てません。
美容室なら技術よりも顧客との関係性、飲食店なら味よりも体験、製造業なら製品よりも信頼。その会社でなければ意味がないと思われる存在になること。それこそが、戦略の極意です。
戦略とは、勝つための戦い方ではなく、戦う前から勝っている状態を設計すること。限られた資源と競争の中で、自社が選ばれ続ける理由をつくること。それが、経営における戦略の本質です。

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