コラムNo.955 ひと手間が人の成長を促す

中小企業の経営者や現場の管理職から、「何度教えても部下が仕事を覚えない」「飲み込みが遅い」といった悩みをよく耳にします。ですが、人が育たない原因の大半は「教える側」の情報の渡し方、つまり教え方そのものに問題があるケースが多いと感じています。

OJTの現場では、次のような光景が頻繁に見られます。「とりあえずこれをやってみて」といきなり実務をやらせる。業務の全体像や目的の説明を省き、具体的な手順だけを教える。あるいは、1回説明しただけで「わかっただろう」と済ませてしまう。

これらは、例えるなら「完成予想図を見せないまま、いきなりジグソーパズルのピースを渡して組み立てろ」と指示している状態です。教わる側は、目の前の作業が何のためにあるのか理解できないため、応用が利かず、少しイレギュラーな事態が起きると対応できなくなります。

教える前の準備「先行オーガナイザー」

教え上手な人は、具体的な作業手順を教える前に、相手の頭の中に情報を整理するための「枠組み」を作っています。これを教育・認知心理学の用語で「先行オーガナイザー」と呼びます。新しい知識を教える前(先行)に与える、理解の助けとなる情報(オーガナイザー)のことです。

実務においては、相手の知識レベルに合わせて主に2つの手法を使い分けます。

【1. 未経験者には「全体マップ」を渡す】

新入社員など、業務の前提知識が全くない相手には、いきなり手順を教えるのではなく、仕事の全体像と目的を最初に示します(説明的オーガナイザー)。

例えば、見積書の作成を教える場面です。

・NG「このフォーマットに数字を入力して、印刷してハンコをもらって」

・改善:「当社の営業は、問合せ・見積り・受注・納品という流れで進みます。今から教える見積書は、お客様との取引の出発点となる重要書類です。これが後の売上計算にも繋がります。それを踏まえて書き方を説明します」

自分の作業が会社全体の中でどういう位置づけにあり、誰の役に立っているのかを理解させることで、作業の目的が腑に落ち、ミスの軽減に繋がります。

【2. 経験者には「過去の経験」と橋渡しする】

中途採用者や部署異動してきた社員など、すでに似た業務経験を持つ相手には、既存の知識との「共通点」と「違い(差分)」を提示します(比較オーガナイザー)。

例えば、新しいシステムの操作を教える場面です。

・NG「今日からこのシステムを使います。マニュアルの通りに入力してください」

・改善:「前職で使っていたシステムと、基本的な顧客情報の入力方法は同じです。ただ一つ違うのは、当社独自の『競合他社の動向』という入力項目がある点です。今日はその違いを中心に教えます」

「なんだ、今までやってきたことと同じか」と心理的ハードルが下がり、違いだけを吸収すればよいため、ゼロから教えるよりも圧倒的に習熟スピードが上がります。

急がば回れ。最初の数分が最短の近道

中小企業は常に人手不足であり、即戦力を求める傾向があります。そのため、煩わしい研修や背景説明を省略し、「とにかく早く現場で手を動かして覚えてほしい」と考えがちです。私自身も20年以上経営に携わり、従業員教育を行ってきた中で、その気持ちは痛いほどわかります。

しかし、全体像の提示や経験との橋渡しを省き、いきなり作業をやらせることは、結果的に一番の遠回りになります。ミスが多発し、その尻拭いや再指導に現場リーダーの時間が奪われてしまうからです。

先行オーガナイザーとは、立派な研修資料を作ることではありません。作業を教える前の「ほんの数分間の対話」です。この最初のひと手間を惜しまず、教える前の準備を行うこと。それが結果的に、人が育ち、組織の生産性を高めるための最短の近道になります。

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