
「ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってくれない?」
「お祭りの準備をするのに手を貸してもらえない?」
金銭的な報酬が発生しない、日常のちょっとした頼み事は世の中にあふれています。あるいは頼み事ではなくても無償で色々と人の世話を焼く。人と人との関係性を重視した、善意そして義理と人情のウェットな世界。これを「社会規範」と呼びます。
一方で金銭的な報酬、利害によって動くドライな「市場規範」があります。これは皆さんが日々行う仕事や買い物など、対価のやり取りによってモノやサービスを取引することです。すべて価格が決まっていて、基本的には支払った分に見合う便益が得られます。
「社会規範」「市場規範」については、ダン・アリエリーが書いた「予想どおりに不合理」に詳しい記載がありますので、気になる方はぜひ書籍を読んでみてくださいね。
さて、「社会規範」と「市場規範」は“混ぜるな危険”です。
無償で気持ちよく手伝おうとしている友人に「少額支払う」と申し出ると微妙な空気になる。自宅でお祝いをするために最高のもてなしを準備していた義母に対して、現金を出して対価を払おうとすると義母の機嫌を損ねる。男女の関係を深めるのに焦りすぎ、これまでのデート代を口に出してしまい交際が台無しになる…。
翻って、「社会規範は一度でも市場規範に負けると、まずもどってこない」これはダン・アリエリーが書籍にて書いている言葉で、最も重要なことだと私は思います。
託児所で子供の迎えに遅れた親に対して罰金を科すと、長期的には悪影響が出る。書籍の例ですが、今までは社会規範に基づき“罪悪感”を感じていた親が、罰金を払うことで罪悪感から解放され、ある意味「開き直れる」ようになったからです。「お金を払っているからいいでしょ」と。
仕事面でも、市場規範を持ち込むことで社会規範が壊されることがあります。楽しくて無給でやっていた動画編集にお金を出されると急にやる気が失せてしまう。イベント運営に意義を感じて手弁当でやっていたが、少ない報酬が出されたことで意義が消失する。自分の中から湧き上がる「内発的動機」が破壊されてしまうのです。
逆に、「会社の成長のためにサービス残業を強要する」など、本来は市場規範でやるべきにもかかわらず、無理やり社会規範を持ち込む場合も多々見受けられます(ブラック会社)。
いずれにしても、社会規範と市場規範は混ぜない。強要しない。とはいえ、今は社会規範が市場規範に飲み込まれつつある世の中です。何でも数値化され、お金に換算される。悪いことばかりではないですが、コミュニケーションの余白はなくなり、殺伐として生きにくい状況になっている気がします。
そんな中、経営者がやるべきは社員の「内発的動機づけ」が自然発生的に起こる仕組み作りです。その第一歩は「社員を認める」ことで、具体的には「感謝」し「褒める」ことです。つまり言葉のプレゼント。あるいはお金ではない「相手が喜ぶもの」や「旅行」などを贈る。
お金の話が少しでも出ると「市場規範」が顔を出します。きれいに線引きできるわけではないですが、まずは社会規範、市場規範の双方を意識しながら、自社に合うバランスで経営の舵取りを行っていきましょう。

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