「コロナ禍のバレンタイン お一人様 DIY志向」2021年2月9日、日経MJはこう題した記事を掲載しました。記事によれば、「一般社団法人・日本記念日協会が推計する21年の市場規模は前年比約20%減の約1050億円。義理チョコは近年縮小傾向にあったとされるが、新型コロナがさらにダメ押しした格好だ」としています。
バレンタインデーの市場規模は近年1300億円程度で推移していることを考えれば、21年は300億円近く、まさに激減することが予想されています。コロナの影響で人の移動が少なくなり、そもそも人が集まれない状況が続いています。約1年、バレンタインだけではなく、人が集うすべてのイベントが同様のダメージを受け続けています。
ただ、記事にもある通り、義理チョコは段々とその存在感が薄くなりつつありました。職場でチョコレートを配る女性も最近は少なくなったような気がします。バレンタインデーに自分へのご褒美として購入する女性は逆に増えているようです。百貨店の催事では毎年多くの女性がその年の「目玉」を狙い大挙して押し寄せています。
バレンタインデーを含め、市場が停滞、あるいは徐々に縮小している中でのコロナアタックは、まさに泣きっ面に蜂を地で行く悲惨な状況をつくっています。大きいものも小さいものも、古いものも新しいものも、定番モノも流行りモノも、都心も地方も関係なしに巻き込んで新陳代謝を強制してきます。いわゆるグレートリセットと呼ばれる、古いシステムをリセットし、持続できる新しい社会経済システムへの転換ともとれる現象です。
とはいえ、コロナが収束すればある程度元に戻ることも大いに考えられます。何事もなかったかのように人が集い、旅行、イベント、飲食が活発に行われるような、いつか見た光景が再び繰り広げられる可能性は低くないでしょう。天然痘、ペスト、スペイン風邪など、人類を脅かしてきた感染症は数多くありますが、流行が終われば自由に人が移動し、集まれる状況になりました。
なんだか話が大きくなってしまいましたが、要するにいつの時代も世の中は変化し続ける一方で、人間の本質は変わらないということです。コロナの有無にかかわらず、人が移動し、集まることは人間の「本質」であり、今後もなくなることはない半面、「時代に適応できないあらゆる物事」は淘汰され続けます。
ここで「ムダな物事」ではなく「時代に適応できない物事」と書いたのは、ムダの定義が難しいことと、私に言わせればそもそも人生は不要不急の集まりであり、その大半がムダであるとも言えるからです。生きるために必要なモノだけが残る世界は相当息苦しく、生きにくいでしょう。
バレンタインデーも言ってみればムダなイベントです。ただ、ムダが人生を潤してくれることは説明するまでもありません。どれだけムダを楽しませるか、楽しむかで、人生の満足度も変わっていきそうです。コロナ禍ではムダなことが制限され、人生の「遊び」が無くなっています。今は我慢の時期とも言えますが、無理せずムダなことをして息抜きをしていただきたいと思います。

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