ニュースの論点No.904 ぬいぐるみと経営

「なぜ大人が沼る?「ぬい活」が生む“静かな熱狂”、お泊りや保育園……新市場の“今”」20251112日、YahooJAPANニュースはこう題した記事を掲載しました。

 

記事タイトルにもあるように、「ぬい活」という言葉が広まっています。ぬいぐるみを持ち歩き、旅先やカフェで写真を撮る。

 

東横インではぬいぐるみ専用のベッド付き宿泊プランを始め、3週間で300件を超える予約が入ったといいます。市場も前年比115%増。大人のあいだで、静かな熱狂が続いています。

 

人はなぜ、動かないぬいぐるみに心を向けるのでしょうか。根底には、人に疲れた社会の構造があります。相手の表情を読み、言葉を選び、反応を気にして暮らす。気づけば、誰とも「素のまま」でいられない。

 

ぬいぐるみは、そうした駆け引きから人を解放してくれます。何も言わず、ただ受け止めてくれる存在。そこに、安心の原型があるのだと思います。

 

ぬいぐるみのかわいさにも理由があります。丸みを帯びた輪郭、大きな目、柔らかい手触り。こうした形は、人の保護欲を自然に引き出す「ベビースキーマ」と呼ばれる特徴です。

 

脳はこの形に触れた瞬間、穏やかさを感じます。つまり、かわいさとは感情ではなく、安心を引き起こす仕組みです。触覚と視覚の両方で、人の神経を静める。だからこそ、疲れた人ほど惹かれるのです。

 

SNSの普及も影響しています。自己表現はかつてより容易になった一方で、他人の目が常に気になる時代です。批判を恐れ、慎重になり、息が詰まる。ぬいぐるみはその間に立ち、自分の代わりに前に出てくれる存在です。

 

直接評価されずに、自分を表現できる安全な方法。分身を介することで、再び人とつながる勇気が戻ってくる。

 

こうした行動は決して弱さではありません。過剰な刺激の中で、自分を保つための自然な反応です。情報が速く流れ、人もすぐに変わる時代に、人は「予測できるもの」に安心を求めます。

 

ぬいぐるみは、その安心を形にしてくれる存在です。手に取れば必ず同じ感触が返ってくる。変わらないから信じられる。

 

経営者もまた、似た構造の中にいます。外の世界に向かい続け、変化を読み、判断を重ねる。その一方で、心を整える時間を持てているかどうか。焦りや不安が積み重なると、判断は鈍ります。

 

どんなに優れた戦略も、心が乱れていれば力を発揮しません。ぬいぐるみが人に教えているのは、「安心があってこそ、次に進める」というごく単純な真実です。

 

かわいさとは、幼さではなく、心を回復させる構造です。無防備さを取り戻す時間が、人を再び前へ動かす。経営も、人間も、安心を軽視したときに歪みます。ぬいぐるみを抱く人が増えているというニュースは、私たちがどれほど安心に飢えているかを静かに物語っているのではないでしょうか。

 

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