コラムNo.945 思い出で飯は食えない

先日地元に帰省した際、創業37年の和菓子店が廃業を予定していることが話題に上りました。この店はかつて皇室に菓子を献上した実績もある名店で、地域でも高く評価されていました。

廃業の報に接した地域住民からは「寂しくなる」という声が多く上がっています。しかし、その声とは裏腹に、店舗を日常的に利用していた人は決して多くなかったのではないでしょうか。

一方、廃業という「期限」が設定された今、皮肉にも「そこで買う理由」が生まれ、廃業までの期間中は今までで最も多くの人が押し寄せる可能性があります(老舗百貨店の閉店時もよく見られる現象です)。

さて、顧客が店を離れる理由は商品への不満だけではありません。単に存在を「忘れていた」ことも大きな要因となります。

和菓子を食べたいと思った時、あるいは手土産が必要な時、顧客の脳内にある選択肢にその店が入っていなければ存在しないのと同じです。情報はネットを探せば見つかりますが、店側が能動的に発信し続けなければ、その情報は誰にも届きません。

「良いものを作っていれば、誰かが見つけてくれる」という待ちの姿勢は、今の時代には通用しない。顧客は膨大な情報に晒されており、自ら努力して特定の店の価値を探り当てることは稀です。

他方、企業の平均寿命は約30年と言われています。創業時のビジネスモデルや情熱が、社会の変化に追いつけなくなる期間と重なるからです。37年という歳月は、過去の遺産だけで維持できる限界を超えていたのかもしれません。

生物学者の福岡伸一氏は、生命とは「動的平衡」の状態にあると説いています。生物は自らの細胞を絶えず壊し、新しく作り替えることで、無秩序へ向かおうとするエントロピーの法則に抗い生命を維持しています。

会社も一つの生命体である以上、壊れる前に自らを壊し、構成要素を入れ替え続けなければ存続することはできません。維持しようと固執することが皮肉にも老化を早めます。

組織の新陳代謝が止まる根本的な原因は、目指すべきビジョンの欠如と、現状に対する危機感の麻痺にあります。

何のためにこの事業を続けるのか、10年後にどのような価値を社会に提供していたいのか。その目的地が不明確であれば、変化に伴う痛みを受け入れる動機は生まれません。

500年以上の歴史を持つ「とらや」が今もなお支持されているのは、この代謝を止めていないからです。彼らは伝統というDNAを守るために、時代に合わせて商品形態や店舗のあり方を激しく作り替えています。

廃業を控えた和菓子店に欠けていたのは、この「自らを壊す」勇気だったのではないでしょうか。皇室献上という輝かしい実績が、時として「変えてはいけない」という足かせになり、現代の嗜好やライフスタイルへの適応を妨げてしまった可能性があります。

現状維持に終始する組織には、未来を担う人材は惹きつけられません。代謝を止めた組織が直面する厳しい現実は、生物学的な老衰と同じく避けられない帰結なのです。

閉店を惜しむ人々の声は過去の記憶に対する感傷に過ぎず、将来を支える力にはなりません。経営者が向き合うべきはこうした情緒的な支持ではなく、今この瞬間に選ばれるための能動的な価値提供です。

10年後のあなたの会社は、街や社会にどのような「新しい価値」を付け加えているでしょうか。この問いに答えを出す作業こそ代謝の第一歩です。

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