ニュースの論点No.952 コーチングの罠

「学力低下」の原因はスマホでもコロナ禍でもない?法学者も指摘「小学校での探究やグループワークの増加」が問題か(2026年4月12日東洋経済オンライン記事)

東洋経済オンラインの記事が、教育現場における学力低下の真犯人を指摘しています。それは、スマホでもコロナ禍でもなく、「読み書き計算」という基礎的な反復学習を削り、拙速に「探究学習」や「グループワーク」を増やしたことにあるという内容です。

この構図は今の中小企業における「若手社員の育成」と全く同じ病理を抱えているのではないでしょうか。

「基礎」を飛ばした自律型人材ブームの罠

4月の新入社員研修を終え、現場でのOJTが本格化する時期です。近年、多くの経営者が「自律型人材」や「主体性」を重視し、早い段階から「君はどう思う?」「自由に考えてみて」と、応用力や発想力を問う指導をしています。しかし、ここには大きな落とし穴があります。

記事が指摘するように、基礎となる「読み書き計算」という土台がないままに応用編である「探究(ディスカッションやワーク)」をやらせても、学習効果は上がりません。ビジネスにおける「読み書き計算」とは、挨拶やマナーといった表面的なルールだけではありません。数字を読む力、論理的な思考、客観的な事実に基づいた現状把握といった「ビジネスリテラシー」のことです。

この土台がない若手に「主体性」を求めると、彼らは「誤概念」に陥ります。誤概念とはもともと発達心理学の用語で、子どもが「重いものほど早く落ちる」「太陽は自分についてくる」など、自分の限られた経験だけで世界の仕組みを間違って思い込んでしまう現象のことです。

社会に出たばかりの若手も、これと全く同じ状態です。「前のバイト先ではこうだった」「私はこう感じる」という学生時代の狭い経験から、ビジネスのルールを自分勝手に解釈してしまいます。この客観的事実より主観を優先する状態でいくらグループワークをさせても、それはビジネスではなく「ただの雑談」や「感想の交換」で終わってしまいます。

「コーチング」が若手を壊す理由

よくある間違いが、答えを持っていない新人に「コーチング」をすることです。コーチングは、本人の中に答えや知識の蓄積がある場合にのみ有効な手法です。

基礎ができていない相手に「どうすればいいと思う?」と問いかけるのは、教育ではなく「丸投げ」に過ぎません。答えが出せない若手は自信を失い、現場は期待外れの結果に疲弊する。まさに逆効果です。

武道や芸道には「守破離」という言葉がありますが、育成の初期段階は「守(型を徹底的に守る)」のフェーズです。ここではコーチングではなく、徹底した「ティーチング」が必要です。相手がメンタル的な壁にぶつかっているなら「カウンセリング」で解きほぐし、知識が足りないなら「ティーチング」で型を叩き込む。相手の状態に合わせた使い分けが指導者の責務です。

座学を捨て、現場の「アウトプット」で鍛える

では、どのようにして「ビジネスの型」を定着させるべきか。結論から言えば、研修室の座学ではなく、現場(OJT)での「アウトプット」に勝るものはありません。

人間は、インプットした情報の多くをすぐに忘れますが、人に説明したり、実際に動かしたりした記憶は定着します。特に「人に教えること」は最大の学習機会です。新人に「今日の作業の目的と手順を、隣の先輩に説明してみて」とアウトプットさせる。言語化させる過程で、彼らの中にある前述の「誤概念」が浮き彫りになり、修正が可能になります。

仕事を受ける際の4項目

今日から現場で徹底すべき、具体的な「ビジネスの読み書き計算」。それは、若手が上司から指示を受ける際、以下の4点を必ず確認(復唱)させるというルールです。

  1. 業務内容の目的:なぜこの仕事が必要なのか(全体像の把握)
  2. 完了の定義:どのような状態になれば「合格」なのか(客観的基準)
  3. 参考事例:抽象的な指示の場合、目指すべき見本はあるか(誤概念の排除)
  4. 期限と優先順位:いつまでに、どの程度の優先度でやるべきか(制約の理解)

この4点が抜けたまま作業に着手させることは、設計図なしで建築を始めさせるようなものです。「分かりましたか?」という曖昧な確認ではなく、本人の口から「この仕事の目的は〇〇で、期限は〇〇。この事例を参考に、〇〇の状態に仕上げます」と言わせる。この小さな反復こそが、将来の「自律」を支える強固な基礎体力となります。

「最近の若手は……」と嘆く前に、私たちが提供している教育が「型」を教えないまま「型破り」を求めていないかを省みる必要があります。

自由や応用は、厳格な型(基礎)の上にしか成り立ちません。経営者の役割は、流行りの研修手法に飛びつくことではなく、現場で泥臭く「ビジネスの読み書き計算」を徹底させる文化を作ることにあるのではないでしょうか。

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