コラムNo.733 飲み会は好きですか?

 コロナ騒動も落ち着いてきた中、「飲み会」をされている会社はどれくらいあるでしょうか? いわゆる「飲みニケーション」とも表現されるような、社内の人が参加する比較的カジュアルな会食です。

 

昭和の時代はどの会社も当たり前のように高頻度で開催され、ほぼ強制参加のようなイメージがあります。ただ、平成も後期になるとさまざまな「ハラスメント問題」が表面化し、特に若年層からは飲みニケーション自体が避けられるようになってきました。

 

 「上司の自慢話が面倒くさい」「心当たりがないのに説教された」「無理やり飲まされた」「カラオケでデュエットを強要された」‥のように、飲み会で嫌な思いをしている人は相当数に上るでしょう。

 

 さて、コロナ騒動以降、私の実感として、また周囲の声や世間のアンケートを見ても会社の飲み会は減っています。忘年会もしないという声も多い。ちなみに「飲みニケーションの必要性」というアンケート(株式会社ワークポート2023)では、必要と不要が半々という結果になっています。

 

 ますます存在感がなくなっている「飲みニケーション」ですが、今後どうなっていくでしょうか。私の個人的な考えでは、飲みニケーション自体がなくなることはないと思っています。

 

 どうにも「飲みニケーション」の悪いイメージだけが独り歩きしてしまい、言葉を聞くだけで嫌悪感につながるような意味で捉えられていると感じています。そもそも飲みニケーションという言葉のセンスもよくない。

 

 私が思うに、飲み会は好きな人は参加すればいいし、嫌いな人は家に帰ればいい。‥とはいえ、飲み会は嫌いだけど参加しないと不利益が生じるのでは…と恐れる人(特に若手)も多いようです。

 

 そうすると今度は「飲み会は仕事か」「残業代はつくのか」「行かなくても評価や出世に響かないのか」という声が上がってきます。さらには行きたくない理由に「コスパやタイパが悪い」「自分の時間を大事にしたい」と本音が吐露されます。

 

 飲みニケーションが毛嫌いされるのは、生産性のない話が延々と続き、さらにはハラスメント、行き過ぎたイジリなど人が嫌がる行為が横行している(と思われている)からです。

 

 一方で、「飲みニケーション」をすべて敵視して、参加しても仕事の一環として事務的な対応に終始し、すべて無駄で無くすべき存在のように扱うのもちょっと雑すぎる。

 

 結局は「飲みニケーション」自体が問題ではなく、関わっている人の問題です。「ハラスメント上司」や「斜に構えた社員」が自分中心、自分本位で一方的な思考、行動によって問題を起こしているだけ。これでは永遠に交わることなく平行線です。

 

 同じ組織で働いている以上、人と人のコミュニケーションは必須です。社内だけ、勤務時間だけの接点でも表面的にはOKかもしれませんが、そこはやはり人間です。それ以外の余白時間も無意識に影響を与えます。

 

 働き方改革で労働時間に対する考え方も変わってきました。また、多様な価値観を認める世の中になっています。であればこそ、世代を超えたコミュニケーションが必要です。その方法の一つとして、「飲み会」も可能性がまだまだあると思います。ぜひ、会社の飲み会を「令和版」に改めて実施してみてはいかがでしょうか。

 

    今週の経営コラムを無料でお届け 無料メールマガジン登録はこちら
    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!

    コメント

    コメントする

    目次