
中小企業にとって、事業計画書は「なくても困らない」ものです。多くの経営者が日々の経験と勘を頼りに現場を回し、会社は動いていきます。
しかし、困らないことと、意味がないことは別です。行き当たりばったりでも会社は続きますが、望む未来をつくることはできません。
計画的に経営する人がいる一方で、そうでない人も多いのは、能力の差ではなく環境の差です。外に出て他者と交わり、刺激を受け、思考を整理する機会がある人だけが、計画的な経営者になります。
一方で、日常業務のなかで完結してしまう人は、自社の世界だけで判断を繰り返します。つまり、経営の差は「内にこもるか、外に出るか」で決まる。
人間が他の動物と違うのは、感情をもち、言葉を使い、思考し、過去と未来を行き来できることです。創業社長の多くは“野生動物的”な嗅覚で事業を立ち上げます。いや、だからこそ事業を立ち上げる決断ができる。
しかし、勘と勢いだけでは長くは続かない。感情や直感を、言葉と構想に昇華できたとき、はじめて経営は「狩り」から「営み」へと変わります。それはまさに、人類が狩猟採集から農耕社会へ移った歴史と重なります。
生業(なりわい)は今日の糧を得るための営みです。家業になると一年先の安定を見通すようになります。そして企業になると、三年以上先を見据えて資源を配分するようになる。
時間軸が長くなるほど、思考は抽象的になり、経営は「生き延びる」から「創り出す」へと進化します。
この変化を支えるのが戦略です。
戦略とは、目的達成のために方向を定め、資源をどう配分するかを決めること。戦略のない事業計画は羅針盤を失った航海であり、ビジョンのない戦略は、目的地を持たない旅です。
そして、その最初の出発点にあるのが「ビジョン=こうありたいという意思」です。
ビジョンには大小も優劣もありません。それは単なる「好き嫌い」の問題です。
規模を追う人もいれば、変わらぬ日常を守りたい人もいる。重要なのは、何を好きで、何を嫌うかを言葉にできるかどうかです。好き嫌いが明確でも、それを言葉にできなければ戦略にはならない。感情が強く、言葉が弱い。それが多くの経営者が抱える本質的な課題です。
事業計画づくりの価値は、出来上がった紙の中にはありません。思考や感情を整理するそのプロセスこそが、最大の意味を持ちます。どんなにきれいな計画書でも、魂が入っていなければ「絵に描いた餅」です。
補助金や融資のための事業計画が空疎になりがちなのは、外部を納得させるための体裁ばかりを整え、内側の想いを置き去りにするからです。本来の事業計画とは、経営者自身のための「内省の場」にほかなりません。
生業や家業の段階では過去や未来への視座が低く、いわば“半径10メートル”の世界で経営が完結しています。しかし、環境の変化はその外側から押し寄せてきます。だからこそ、事業計画をつくるとは、数字を並べることではなく、自らの視座を上げる訓練の場でもあるのです。
事業計画とは、人間がもつ最も高度な能力―感情・言葉・思考・想像力の結晶です。
それは未来を「設計する」という、人間にしかできない営み。
そして、その過程で経営者は、「自分は何を好きで、何を守り、何をつくりたいのか」を知る。事業計画とは、経営者が自らの言葉で未来を描くための、最も人間らしい行為といえるのではないでしょうか。

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