
もうすぐ新入社員が入社する季節です。緊張した面持ちで初出勤する姿を想像すると、自分にも同じ時期があったと思い出す経営者も多いのではないでしょうか。
新入社員は入社直後、先輩の言葉ひとつひとつを吸収しようと必死です。しばらくすると仕事を覚え、自信がついてきます。「自分はできる」と感じ始め、時に先輩のやり方に疑問を持つようにもなります。
ところがある日、手痛い失敗をします。「実はまだ何もわかっていなかった」と気づき、改めて地道に経験を積み重ねていきます。そしてようやく、本当の意味で仕事がわかってきます。
これはダニングクルーガー効果と呼ばれる、人間の成長に普遍的なプロセスです。1999年に心理学者のダニングとクルーガーが実証しました。
少し知って自信過剰になる「愚者の山」、深く知るほど自信を失う「絶望の谷」、経験を重ねて自己認識と実力が一致してくる「啓発の坂」。新入社員だけでなく、経営者も、ベテラン社員も、新しい領域に踏み込んだ瞬間から同じ曲線を辿ります。
重要なのは、このプロセス全体が成長に不可欠だということです。
愚者の山がなければ、最初の一歩が踏み出せません。根拠のない自信が行動を生み、行動が経験を生みます。絶望の谷がなければ、慢心したまま成長が止まります。調子に乗らず地道にやり続ける期間があるからこそ、その先に本物の力がついてきます。どのステージも省略することはできませんし、省略すべきでもありません。
この成長の曲線は視座の変化そのものです。視座とは、どの高さから物事を見るかということです。視座が高ければ全体が見渡せますが細部を失い、低ければ細部が見えますが全体を見失います。
愚者の山にいるとき、人は自分の視座がどこにあるかわかりません。絶望の谷に落ちて初めて「自分はここからしか見ていなかった」と気づきます。啓発の坂を登るにつれて、視座を意識的にコントロールできるようになっていきます。
このプロセスを知っていることは、経営者にとって二つの意味を持ちます。一つは自分自身の成長への理解です。新しい事業や市場に踏み込んだとき、自分が今どのステージにいるかを把握できれば、愚者の山での暴走を防ぎ、絶望の谷での早まった撤退を踏みとどまれます。
もう一つは人を育てる目です。調子に乗っている部下を「生意気だ」と切り捨てるのか、「愚者の山にいる段階だ」と理解して辛抱強く導くのか。このプロセスを知っているかどうかで、人との関わり方がまったく変わります。
もうすぐ新しい仲間が加わります。彼らはこれから必ず愚者の山に登り、絶望の谷に落ちます。それは失敗ではなく成長のプロセスです。そしてそれはかつての自分自身でもありました。
あなたは今、どのステージにいますか。あなたの周りの人たちはどうでしょうか。その問いを持つことが視座をコントロールする第一歩です。

コメント