コラムNo.969 ドアマンの仕事

先日、開業して間もない居酒屋に行きました。

ドリンクの激安キャンペーン中で店内は満席でした。活気はあります。注文も次々に入っているようでした。初日の数字だけを見れば、まずまずの滑り出しだったのかもしれません。

ただ、私はリピートするかというと、もう一度行きたいとは思いませんでした。

料理が悪かったわけではありません。むしろ、手が込んでいて美味しいものが多かった。価格帯は少し高めで、本来なら品質やおもてなし、空間の心地よさで勝負したい店だったのでしょう。

しかし、体験がその良さを裏切っていました。

注文はスマホ。紙のメニューはありましたが文字だけです。スマホには写真がありました。しかし画面が小さく、料理の魅力は伝わりにくい。グラム売りの料理は、頼んでみるまで値段がわかりません。注文後にスタッフが来て、「○○グラムですが大丈夫ですか」と確認されました。

ですが、本来その説明は、注文後ではなく着席直後にあるとよかったかもしれません。今日のおすすめは何か。どの料理が看板なのか。グラム売りなら、だいたいどのくらいの量で、いくらくらいになるのか。先に安心してもらい、それから選んでもらう。

「ドアマンの誤謬」。ロリー・サザーランドが紹介した考え方です。ホテルのドアマンを、ただドアを開ける人だと見れば、センサー式の自動ドアで代替できます。しかし、実際には、到着した客を迎え入れ、場をつくり、道案内をし、さまざまな不安を消し、期待を高める役割も担っている。

仕事を一つの分かりやすい機能に切り詰めると、見えない価値まで捨ててしまうことがある。

その店で起きていたのは、まさにそれに近いものでした。

接客を「注文を受ける機能」だけに切り詰めた。だからスマホ注文でよい、という判断になったのかもしれません。

けれども、その店の価格帯や料理の出し方を考えると、接客は単なる受注作業ではありませんでした。お客を安心させ、料理への期待を高め、少し高めの価格に納得してもらう入口だったはずです。

そして集客。

ドリンクを安くすれば人は来ます。実際、店は満席でした。私もその安さに惹かれて行った一人です。その意味では、私もこの構図の外側にいたわけではありません。

ただ、安さに反応して集まった客が、その店の理想の客層だったかどうかは別です。

本来その店が欲しかったのは、少し高くても料理や空間に価値を感じ、また来てくれる客だったのではないでしょうか。

しかしその日に残った印象は、「ドリンクは安いけど、料理は高くサービスは微妙な店」でした。その評判は、時間が経つほど店を苦しくします。通常価格に戻したとき、客は失望する。高めの料理を出しても、安さの記憶が先に立つ。

帳簿の上では、人件費も販促費も家賃も同じ経費の顔をしています。だから、削れるものは削りたくなる。私も経営者として、その誘惑はよく分かります。目の前の数字が厳しいときほど、分かりやすい費用に手が伸びる。

しかし、すべての経費が同じ性質を持っているわけではありません。

時間とともに消えるものがあります。一方で、時間とともに育つものもあります。前者は費用です。後者は資産です。接客も販促も、どちらにもなり得ます。雑に使えば消える費用になり、設計して積み上げれば未来の利益をつくる資産になる。

機械的にドアを開けているだけのドアマンなら、自動ドアでよいでしょう。形だけの接客、惰性の販促、意味のない慣習なら見直すべきです。問題は、価値を生んでいるものまで、分かりやすい機能だけで判断してしまうことです。

その店は、接客と集客の二度にわたり、価値を小さく見積もっていたように見えました。

注文を受ける。席を埋める。

確かにそれは大事です。しかし、それだけでは店は育ちません。お客が安心する。期待する。納得する。誰かに話したくなる。また来ようと思う。そうした未来の利益は、今夜の売上には映りません。

だからこそ、削るときには見えにくい。

私が店を出たとき、店内はまだにぎわっていました。レジの数字も悪くなかったはずです。しかし、その夜の満席が、翌月の利益につながるかどうかは分かりません。少なくとも私は、次の予約を入れませんでした。

経営では、短期の数字ほど頼もしく見えます。売上、客数、回転率、反応率。どれも大切です。しかし、それだけを見ていると、未来の利益を静かに削ってしまうことがあります。

いま削ろうとしているものは、ただの費用なのか。

それとも、まだ数字に映っていない資産なのか。

その見分けを誤ると、店は満席のまま、少しずつ選ばれなくなっていくのかもしれません。私も自戒の念を込めて、自分の仕事を見直していきたいと思います。

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