ニュースの論点No.906 思考の筋力

「約3人に1人が生成AI活用で「しくじり経験」 どんな失敗が多いのか?」

20251117日、ITmediaビジネスONLINEはこう題した記事を掲載しました。

 

3人に1人が生成AIで失敗した」という調査結果が発表されました。誤情報をうのみにした、AIの文章を修正しきれない、説明できない資料を提出したなど、表面的にはミスの種類が並んでいますが、私はこれらに一つの共通点を感じています。

 

それは、AIの出力を自分が導いた答えだと錯覚してしまうことです。AIが整えた文章は見た目がよく、分析もそれらしく仕上がります。しかし、プロセスを一度も辿らずに結果だけを受け取ると、人は「自分が理解した」「自分が作れた」と思い込んでしまう。ここから静かに思考の筋力が落ちていきます。

 

かつて電卓が普及した時代にも「人が計算しなくなる」という議論があったと聞きますが、電卓は正しい答えが必ず決まっている世界の道具です。四則演算の意味を理解していれば、電卓を使っても本質は変わりません。一度理解してしまえば、電卓は単に作業を早くするための道具に過ぎません。

 

しかしAIは違います。同じ質問でも毎回違う答えを返し、その答えが正しい保証もありません。もっともらしい文章や分析が出てきたとしても、その裏側にある思考の過程は空白のままです。「理解していないことが、理解できたように見える」。この錯覚こそが、思考の筋力を確実に弱らせます。

 

先日、バスの決済システムが突然ダウンし、車両がその場で止まってしまう出来事がありました。運転士は戸惑い、乗客への説明もうまくできない。慣れたはずの業務が、システムが止まった途端に進まなくなる光景は、現代の依存構造の弱点をはっきり示していました。

 

私はこの場面を見て、AIに過度に頼った未来も同じだと感じました。AIがなければ判断できない。AIがなければ文章も書けない。AIがないと戦略や説明が成立しない。電源が落ちた瞬間、残るのは経営者自身の素の思考力だけです。その時、自分がどれほど思考を手放してきたかが露わになります。

 

やっかいなのは、この劣化が自覚しにくいことです。AIの文章は整っており、計画書もそれらしい形になります。外側はきれいに見えるため、自分の中身が痩せていることに気づけない。

 

気づくのは、判断が求められた瞬間です。数字の異変に気づけない、戦略の違和感を読み取れない、社員の表情から組織の変調を察知できない。本来なら経営者が自分の頭で向き合うべき領域が、気づかぬうちに弱り始めます。

 

生成AIの活用そのものは否定すべきではありません。ただし、プロセスを飛ばして結果だけ受け取る使い方を続けると、経営者として最も大切な思考の筋力が確実に落ちていきます。

 

怖いのは、衰えていくことではありません。衰えていることに、自分がまったく気づかないことです。AIが日常になった今こそ、自分の頭で考える時間を意識して確保し、判断のプロセスそのものを大切にしていただきたいと感じています。

 

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