コラムNo.907 山の中の鮮魚店

先日、県境にある「山の中の鮮魚店」にご支援に伺いました。訪問前のイメージでは「そんなところに魚屋が!?」「やっていけるのか!?」というくらい、奥深い山間部にある過疎化が進む地域です。

 

ところが、私の浅はかな考えはすぐに覆されました。経営者へのヒアリングが進むにつれ、この山の中という条件こそが、同店の事業を成り立たせる中心にあることが分かってきました。

 

まず、私が想像していた山間部ではあったのですが、市場が意外と近い。つまり立地が良い。県内の市場はもちろん、県境にあるため県外の市場にも1時間ほどで移動できる。

 

それぞれの市場では内海と外海の違いから、クライアントのニーズを満たす豊富な魚介類の仕入れが可能であり、風水害や赤潮による不漁のリスクヘッジにもなる。

 

しかも周辺は観光資源も豊富で、県外あるいは海外客がひっきりなしに訪れ、自然と人が集まる集客装置にもなっている。

 

顧客は事業者(ホテルや公共施設などへの卸売)および一般消費者(小売)で、仕入れた魚介類を顧客のリクエストに応じ、独自かつ高度な「締め」「さばき」技術で付加価値をつけて納品する。さばいた魚介類は当日しか販売せず、残った場合は自店で調理し、揚げ物や煮物の惣菜として提供する。

 

山間部でありながら、店内に大型のいけすを所有しているため多くの活魚を仕入れることが可能。さらに高性能の瞬間冷凍庫も所有し、先述の独自技術も相まって、魚介類の鮮度や身の状態が競合とは別次元の高品質になっている。

 

以上を踏まえた真摯な経営が積み重なり、60年以上続く老舗ブランドとして、地域では揺るがぬ信頼を勝ち取っている。人手不足の影響もあり、競合は多くが店じまいをしている中で、より一層の存在感を放ち、地域外からの顧客からも支持が集まっている状況。

 

ここまで事実を並べていくと、この鮮魚店の強さは単に「山の中でも工夫して頑張っている」という話ではないことがわかります。むしろ、最初に違和感として立ち上がった山の中という前提が、すべての要素をつなぐ起点になっていました。

 

市場への距離、仕入れの幅、観光客の流れ、活魚設備、独自技術、惣菜という出口、60年の信頼。どれを取り出しても単体では強いとは言い切れませんが、実際はそれぞれが無理なく結びつき、一つのストーリーとして価値を創出しています。

 

経営学者の楠木健氏は「ストーリーとしての競争戦略」で、企業の強みは個々の施策ではなく、それらがどうつながっているかで生まれると述べています。

 

外から見ると一見不合理に見える前提(ばかな)が、内部の流れをたどると合理性をもってだからこうなる(なるほど)につながる。このギャップが、他社には模倣できない強さになります。

 

今回の鮮魚店はまさにその状態でした。過疎化が進む山の中の鮮魚店という一見不合理な条件が、仕入れ、リスク分散、観光の動線、技術、設備、ロス対策、地域との関係性というストーリーによって、価値ある競争力に転化している。

 

ただ、それがわかったとしても、周りは真似できない。いや、傍から見たら不合理なので真似しようとも思わない。この「ばかな」と「なるほど」のギャップに、長期的利益を生み出す強みが宿ります。

 

中小企業にとっての示唆は、強みは単発で見つけるものではなく、自社の前提条件を起点に、日々の判断がどのように流れとしてつながっているかを確かめることにあります。

 

外から見ると説明がつかない選択も、並べてみると自社ならではの筋の通った話になっていることがあります。それがその会社だけの競争力になります。

 

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