
「ファストリ、来春から初任給37万円に上げ 柳井会長兼社長 パート・バイトも「まだ安い」」2025年12月24日、日経MJはこう題した記事を掲載しました。
柳井会長は「賃上げをしなければ優秀な人材は採れない」と語り、賃金を経営上の打ち手として捉えています。時代が変わり、賃金水準そのものが採用競争の武器になったということです。
しかし、中小企業の現場では「賃上げしたくても原資がない」という声が多く聞かれます。売上構造が固まり、粗利率は上がらず、固定費も削れない。さらに顧客の支払い余力も弱いため、価格転嫁も難しい。こうした状況では、賃上げを目的にしても何も動きません。
本来、賃上げは目的ではなく、経営を前に進めるための “手段” です。そしてこの手段を使えるようになるには、まず組織の土台を整えることが欠かせない。その土台を説明する上で、ハーズバーグの二要因理論は非常に示唆的です。
二要因理論では、働く上での要因を【衛生要因】と【動機づけ要因】に分けます。
衛生要因とは、給与・労働条件・人間関係・評価の透明性など、欠けると不満につながる要素です。これらが整うと「マイナスがゼロ」になりますが、満足や意欲が高まるわけではありません。
動機づけ要因は、成長実感・裁量・やりがい・役割の広がりなど、「ゼロをプラス」に変える要素です。働く喜びを生み、行動を前向きにします。
ここまでは一般的な説明ですが、中小企業にとって重要なのは、二要因理論がそのまま“生産性改善の前提条件”になるという点です。
まず、衛生要因が整わない「マイナスの状態」では、生産性は絶対に上がりません。給与の不満、曖昧な役割、属人的な指示、ギスギスした人間関係。
こうした状態で「改善しよう」「効率化しよう」と声をかけても、従業員に改善行動が起きることはまれです。職場の不満にエネルギーが吸い取られ、改善どころではないのです。
「衣食足りて礼節を知る」と言われるように、人は最低限の安心がなければ前向きに働けません。給与はハーズバーグのいう衛生要因であり、欠ければ不満が生まれる。とはいえ、中小企業がいきなり大幅に上げる必要はなく、大事なのは順番です。
まず、不満の原因を取り除く。評価基準、役割、業務の優先順位、ムダな仕事。
これだけで職場の空気は変わり、組織が動き始めます。
ある会社では、給与そのものを上げる前に「何を評価しているのか」を明確にしただけで、社員から自然と提案が増えました。またある会社では、役割と仕事の範囲が明確化したことで負担が減り、効率化と売上アップにつながりました。
衛生要因が整い「ゼロの状態」になって初めて、人は改善に取り組む余裕を持ちます。ムダ取り、標準化、業務の見直し、デジタル化への挑戦など、改善につながる行動が現れやすくなります。
さらに、動機づけ要因が整い始めると、改善行動が加速します。成長の実感や役割の広がりは、人を自発的に動かします。改善が一過性ではなく、文化として定着しやすくなるのです。
つまり、二要因理論は生産性と直結します。
衛生要因の整備(マイナス→ゼロ)で改善の土台ができ、
動機づけ要因(ゼロ→プラス)で改善が続く。
この流れが、賃上げの原資を生み出す源泉であり、私たち中小企業が目指すべき一番現実的で確実な道です。
加えて、中小企業は生産性改善に“伸び代”が非常に大きい特徴があります。
過剰サービスの削減、人に張り付いた属人的作業の整理、やめる仕事の決断、標準化の徹底、価格と価値の再設計。
これらは大企業よりも効果が出やすく、小さな改善でも大きなリターンが返ってきます。まだ改善の余白がたくさん残っているのが中小企業の強みです。
賃上げは目的ではありません。
一方で働きがい“だけ”ではやりがい搾取となり危険です。
衛生要因で土台を整え、動機づけ要因で改善を加速させ、
生産性改善の積み重ねを原資として、“賃上げできる会社”へ移行していく。
この流れは中小企業がこの時代を確実に生き抜くための、もっとも現実的な道だと私は考えています。

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