ニュースの論点No.966 あなたの会社の「売り」は何?

「伊勢丹は「顧客」、阪急は「店舗」 決算で見えた、百貨店2強の戦い方」2026年6月17日、ITmediaビジネスオンラインはこう題した記事を掲載しました。

2026年3月期の店舗売上高は、伊勢丹新宿本店が4249億円、阪急うめだ本店が3487億円。いずれも国内トップクラスの店舗です。ところが、同じ百貨店でありながら、両社の戦い方は対照的です。

三越伊勢丹は、顧客一人ひとりとの関係を深める「個客業」と外商に軸足を置きます。カードやアプリで顧客を識別し、購買履歴や嗜好に基づいて提案する。「誰に売るか」を起点に収益性を高める戦略です。

一方、阪急うめだ本店は、店舗そのものの引力を磨きます。祝祭広場の催事、たび重なる売場改装。「行けば必ず新しい発見がある場所」をつくり、来店すること自体に価値を持たせる。「どこで買うか」を起点にした戦略です。

■強みは、積み上げた「経路」の上にしか立たない

興味深いのは、この違いが両社の“出自”までさかのぼれることです。

三越の源流は呉服屋です。呉服商は、顧客の好み・暮らし・家の行事まで把握し、長い関係の中で提案する商いでした。その蓄積が、今日の個客業や外商に地続きでつながっています。

阪急の母体は鉄道会社です。沿線を開発し、街に人の流れをつくり、「そこへ行く理由」を生み出すことが本業でした。その発想が、体験価値で人を集める店づくりに表れています。

ここに、経営にとって見過ごせない事実があります。強みは、長い時間をかけて積み上がった経路の上にしか立たない、ということです。だからこそ簡単には模倣されず、だからこそ防御力になる。逆に言えば、自社が歩んできた経路と噛み合わない戦略は、どれほど他社で成功していても、自社では根づきにくいのです。

どちらが正解という話ではありません。問われているのは、自社は何を積み上げてきたのか、という一点です。

■「輸入」ではなく「再編集」から生まれる

これは百貨店に限りません。飲食でも、製造でも、サービスでも同じ構造です。

先日、地方郊外のある割烹店で、新メニューを一緒に考える機会がありました。手の込んだ料理で常連に支持されてきた個店です。集客のため洋食系の新メニューを検討し、店主自身が大手チェーンでアルバイトし、商品構成や見せ方も研究しました。

チェーンの設計は学びの宝庫でした。商品構成、価格の見せ方、提供スピード、オペレーション。どれもよくできています。しかし、同じ土俵に上がろうとするほど、その店らしさは薄れていきました。

そもそも、その店の客が求めていたのは効率や手軽さではありません。手をかけた一皿、落ち着いた時間、店主の技術、地の食材の扱い、そしてその店ならではの安心感でした。

遠回りの末にたどり着いた新メニューは、外から借りてきたものではありませんでした。これまで大切にしてきた料理と技術を組み合わせ直すことで生まれた、その店にしか出せない一皿だったのです。

強みは「輸入」ではなく「再編集」から生まれる。この一件は、それを改めて教えてくれました。

■強みは「三つの視点が重なる一点」にしかない

では、何をもって「強み」と呼べるのか。私は、自社が当たり前にできていて、他社が簡単にはまねできず、そして顧客が価値を感じている。この三つを同時に満たすものだと考えています。

逆に言えば、どれか一つでも欠けると強みになりません。自社が得意でも、顧客が価値を感じていなければ、ただの自己満足です。顧客に喜ばれていても、他社がすぐまねできるなら、選ばれ続ける理由にはなりません。他社がまねできなくても、顧客が求めていなければ、宝の持ち腐れです。

強みとは、自社・顧客・競合という三つの視点が重なった一点にしか存在しない、ということです。

■他社研究の本当の目的

ここまで来ると、他社研究の本当の目的が見えてきます。それは、成功事例をまねることではありません。違いを見つけることで、自社の強みを輪郭づけることです。他社という鏡があって初めて、自社の輪郭がくっきりと浮かび上がります。

だから、流行の手法や鮮やかな成功事例に触れたときほど、立ち止まって問い直す価値があります。自社は、そもそも何で選ばれてきたのか。顧客が本当に求めているのは何か。競合と比べて、どこで違いを出せるのか。

強みは、外から借りてくるものではありません。多くの場合、当たり前に続けてきたことの中に、すでに埋まっています。その価値を掘り起こし、今の顧客に合う形へ組み合わせ直す。そこにこそ、自社にしか描けない戦略があります。

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