「タバコ休憩よりヤバい「生産性の敵」…年間7兆円を奪う“見えない損失”の正体とは」2026年7月10日、Yahoo!ジャパンニュースはこう題した記事を掲載しました。
記事では、たばこ休憩のように目に見える離席よりも、二日酔いやメンタル不調など、出勤していても十分に能力を発揮できていない状態の方が、企業に大きな損失を与えていると指摘されています。目に見える行動だけでなく、表面には現れにくい不調にも注意を向けるべきだという内容です。
確かに、たばこ休憩だけを取り上げて、生産性を論じるのは適切ではありません。ただ、それ以前に考えるべきことがあります。
そもそも、生産性を向上させることは、すべての会社に共通する課題なのか。
生産性とは、人、時間、労力、資金などの投入に対して、どれだけの成果や価値を生み出したかを示すものです。
ちなみに、生産性に似た言葉で「効率」があります。効率は、特定の仕事や工程を、どれだけ少ない時間や手間で進められたかを見る、より部分的な概念です。
例えば、顧客との面談時間を短縮すれば、時間効率は上がります。しかし、十分に話を聞けず、提案の質や信頼関係が損なわれれば、会社全体の成果は小さくなるかもしれません。
また、そもそも必要性の低い会議や報告書を、短時間で処理できるようにしても、その仕事が不要であることに変わりはありません。
効率化は、生産性を高めるための重要な手段です。ただし、効率化の対象や方法を誤れば、生産性は上がりません。
そして、生産性向上そのものも目的ではありません。
会社が目指す姿を実現するために、限られた経営資源をどう使うか。その判断に役立つのが生産性という考え方です。
ところが近年は、生産性向上がそれ自体で望ましいことのように扱われています。背景には、日本全体の労働生産性が国際的に低く、人口減少や人手不足の中でも経済規模や賃金を維持する必要があるという事情があります。
国全体の政策として、生産性向上を重視することには合理性があります。
しかし、国の課題と、一社一社の経営課題は同じではありません。
例えば、予約や受注に余裕がある小規模事業者が、業務を効率化して空き時間を増やしても、その時間を活用する仕事がなければ、売上や利益にはつながりません。その会社に必要なのは、生産性向上よりも、集客、営業、価格設定、商品やサービスの見直しかもしれません。
一方、受注を断るほど忙しく、人手や設備が制約となっている会社であれば、生産性向上の優先度は高くなります。
つまり、生産性向上が必要かどうかは、会社の規模や業種だけでなく、現在どこに経営上の制約があるかによって変わります。
それにもかかわらず、政策として生産性向上が掲げられると、DXやAI、設備投資、業務効率化などが、多くの企業に共通する解決策として広がります。補助金の活用が先にあり、後から導入する設備やシステムを考える場面も見られます。
本来は逆です。
まず、会社として何を実現したいのかを確認する。次に、その実現を妨げている問題が何かを見極める。そのうえで、生産性向上が必要であれば、どの業務をどのように改善するかを考えるべきです。
生産性向上も効率化も、会社の目的を実現するための手段にすぎません。
社会全体で必要とされていることを、そのまま自社の課題だと思い込むのではなく、今の自社に本当に必要な改善は何かを見極める。その順序を誤らないことが、経営判断では重要です。

