コラムNo.913 バニラアイスが故障の原因?

ある自動車メーカーに届いた一通の苦情。新車を購入した男性が「バニラ味のアイスクリームを買った日だけエンジンがかからない」と訴えてきました。チョコレートやストロベリーでは問題は起きない。常識的に考えれば荒唐無稽な話です。それでもメーカーは顧客の声を軽視せず、技術者を派遣して検証を行いました。

 

結果、現象は事実でした。ただし原因はアイスの味ではありません。鍵を握っていたのは「時間」です。

 

バニラは定番商品で提供が早く、エンジンが冷える前に戻ってきてしまう。一方、他の味は提供に時間がかかり、その間にエンジンが冷える。高温状態のまま再始動しようとすると燃料が気化し、エンジンがかからなくなる。表面的には「バニラが原因」に見えた問題の正体は、見落とされていた行動の差だったのです。

 

似た構図は、第二次世界大戦中にも見られました。連合軍は帰還した爆撃機の被弾箇所を分析し、主翼や胴体に弾痕が集中していることを確認します。当初は「被弾が多い場所を補強すべきだ」と考えられました。

 

しかし統計学者アブラハム・ウォルドは、この判断に待ったをかけます。分析対象は「帰還できた機体」だけであり、帰ってこなかった機体はデータに含まれていない。弾痕が少ないエンジンや操縦席周辺は安全なのではなく、そこを撃たれた機体は生還できなかった可能性が高い。つまり、弾痕が残っていない場所こそが致命的な弱点だったのです。

 

この二つの話が示しているのは、本質は常に「見えていない側」にあるという事実です。分かりやすい原因、目に付くデータ、派手な現象は、思考を止めるには十分ですが、問題を解決するには不十分なことが多い。

 

経営の現場でも同じことが起きています。私自身、ある事業所で職場環境を把握するためにアンケートを実施したことがあります。集計結果だけを見れば、大きな問題はなさそうでした。

 

しかし、その後に対面でのヒアリングを行ったところ、労務上の問題が次々に出てきました。残業の実態、指示系統の混乱、評価への不満、休みの取りにくさ、現場に漂う不信感。アンケートにはほとんど書かれていなかった内容です。

 

さらに、経営者の認識と従業員の認識にも大きなズレがありました。経営者は「対話はできている」と思っている。一方で従業員は「言っても変わらない」「波風を立てたくない」と感じている。従業員は、本当のことをアンケートには書きません。匿名であっても、どこかで特定されるのではないかという不安が残るからです。

 

つまり、アンケートは入口にはなっても、実態をそのまま映す鏡ではありません。むしろ、書かれていないことのほうが重要な場合がほとんどです。

 

AIが急速に進化する時代だからこそ、この点は一層重要になります。AIは与えられた情報を整理し、分析し、仮説を出すことは得意です。しかし、現地で何が起きているのか、現場で人が何を感じているのか、現実の空気がどうなっているのかまでは自動では拾えません。見えていないものは、AIにも見えないのです。

 

だからこそ、現地、現場、現実を徹底的に観察し、そこから洞察する姿勢が欠かせません。分かりやすい原因を疑い、数字の外側に目を向け、沈黙や違和感を拾い上げる。そのうえで初めて、AIは有効な道具になります。

 

本質は派手ではありません。静かで、目立たず、見逃されやすい。経営とは、その見えない本質にどこまで迫れるかの営みでもあります。

 

    今週の経営コラムを無料でお届け 無料メールマガジン登録はこちら
    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!

    コメント

    コメントする

    目次