
先日、専門家や士業が集まる会議で「成果物の品質」について議論になりました。
ちなみに成果物とは、診断報告書、事業計画書、Webサイト、システム、設計図など業務の結果として作成・納品される「モノ」のことです。
そこで中心となっていたのは、「誤字脱字はないか」「ページ数は十分か」「あとでクレームにならないか」といった話題です。
もちろん、契約として納品物の体裁を整えることは最低限の責任です。
しかし、それを「品質のすべて」としてしまうことには、違和感を覚えます。
その視点が、顧客である企業の未来ではなく、自分たちの保身や手続き上の正解に向いているように見えたからです。
特に補助金事業や公的支援の場合、「分厚い報告書」が支払いの要件になっていることが多い。「中身の価値」よりも「ページ数や規定のフォーマット」が重視されるため、専門家もそこに過剰適応してしまう。
多くの現場で、「成果物」と「成果」が混同されています。
企業にとって本当に必要なのは、納品された「モノ(成果物)」そのものではありません。
それを使った先にある「変化(成果)」です。
言い換えれば、成果物は“目的”ではなく“手段”です。
手段が立派でも、結果が動かなければ会社は良くなりません。
たとえば、飲食店のメニュー開発。デザイナーが作成した、見た目が非常におしゃれなメニュー表が納品されました。制作側としては満足のいく仕事だったかもしれません。
ですが、文字が小さくて高齢のお客様が注文しづらかったり、厨房のオペレーションを無視した構成で提供が遅れたりしたらどうなるか。経営者が求めていたのはおしゃれな紙ではありません。「客単価のアップ」や「回転率の向上」という事実です。
小売の現場でも同じです。接客改善の専門家が入り、立派な「接客マニュアル」が完成する。
しかし、現場のスタッフがそれを読まず、行動が変わらなければ、顧客満足度は上がりません。分厚いマニュアルという「成果物」があっても、リピーターが増えるという「成果」が出なければ、経営上の意味は薄い。
製造や建設の現場における安全管理も同様です。
「事故ゼロ」を目指してコンサルタントが入り、膨大な規定集を作りました。
しかし、現場がそれを「面倒なルールが増えただけ」と受け取れば、災害はなくなりません。
立派な規定集よりも、現場の意識が変わり、実際に事故が起きない状態になること。
それこそが求められている品質です。
なぜ、専門家はそこまで「成果物」にこだわってしまうのか。理由は単純です。
「成果物」であれば自分たちの作業だけで完結でき、品質をコントロールしやすいからにほかなりません。
一方で、「成果」を約束するのは難しい。
相手の行動や市場環境に左右されるため、「これで確実に売上が上がる」とは言い切れないからです。だから、「納品して終わり」という形にしたがる。
この点、成果にこだわる専門家は、いきなり「こうすべきだ」と上から目線のアドバイスはしません。得意分野のフォーマットで記載された成果物を渡そうともしない。まずは徹底的に現状を把握します。
これまで何に取り組み、どこでつまずいたのか。すべての事実を洗い出す。
そして、経営者が本当はどうなりたいのか、言葉にできない思いまで引き出します。
綺麗な提案書を作ることよりも、泥臭い現状理解に時間をかける。そうやって初めて、会社が変わるための「成果」への道筋が見えてくるからです。
経営者の皆さん。専門家を選ぶとき、「何をやってくれますか?」という質問だけでは不十分かもしれません。その人が、あなたの会社の「今」を深く知ろうとしているか。
表面的な成果物ではなく、会社の「変化」にコミットしようとしているか。
この点を見極めることが、本当に価値のある仕事を生む第一歩になります。

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