ニュースの論点No.928 意図的な不便

ChatGPT一強から“使い分け”時代へ…AIの選択基準は「性能」から「仕事の導線」へ」202624日、BUSINESS JOURNALはこう題した記事を掲載しました。

 

冒頭のニュースで、生成AIは「ChatGPT一強」から、Geminiや特化型AIを使い分ける「オーケストレーション」の時代へ移行したと報じています。複数のAIを連携させ、最適な成果を引き出す技術が注目されているとのこと。

 

しかし、経営支援の現場に立つ者として、この流れには一抹の違和感を覚えます。指揮棒(AI)の振り方を論じる前に、そもそも楽器(実務)を十分に弾いた経験があるのか、という問いが抜け落ちているからです。

 

優れた指揮者は、何らかの楽器を深く修めています。音を出す難しさ、リズムの揺らぎ、合奏の緊張感を身体で知っているからこそ全体を統率できる。

 

経営も同じです。AIを自在に使い分けられるのは、泥臭い実務を通じて仕事の「型」を体得した人間だけです。型があるから判断できる。型があるから違和感に気づける。その順序は変わりません。

 

現代のAIは、要約や資料作成といった若手の修行段階を瞬時に代行します。本来であれば、試行錯誤を重ねながら身につけるべき「守」の工程が省略されてしまう。

 

その結果、自らの判断軸を持たないまま、高品質に見えるアウトプットを手にしてしまう危険があります。80点の成果物が並ぶ一方で、その裏に潜む前提の誤りや論理の歪みに気づく力が育たないのです。

 

AIは「増幅装置」です。確かな型を持つ者が使えば成果は加速します。しかし、型が曖昧なまま使えば、未熟さや思い込みも同時に拡大します。

 

電卓は誰が叩いても同じ計算結果を出しますが、AIは使う人間の思考の質をそのまま反映します。便利さは、実力の差を覆い隠すどころか、むしろ浮き彫りにします。

 

だからこそ経営者には、「意図的な不便」を設計する視点が求められます。あえてAIを使わず、自分の頭で構造を描き、仮説を立て、言葉にする時間を持つ。一見非効率に見えるこの工程こそが、思考の筋力を鍛えます。

 

重りを機械が持ち上げても、自分の筋肉は強くならないのと同じです。AIを使いこなす力は、AIを使わない時間によって育まれます。

 

さらに重要なのは、情熱です。組織は静止しているようでいて、常に変化し続ける存在です。放置すれば衰え、手を加え続けなければ活力は保てません。

 

AIが導く合理的で平均的な答えは、安定には寄与しても飛躍までは保証しません。「理屈は整っていない。それでも挑戦する」という意思の熱量が、組織を次の段階へ押し上げます。

 

道具は進化し続けます。しかし、価値を生む源泉は変わりません。身体で覚えた「型」と、前へ進ませる「情熱」。便利さに流されず、あえて不便を引き受ける覚悟。その積み重ねが、AI時代における真の差別化になります。

 

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