7月の熊本地震によって落ち込んだ外食需要を回復させるため、熊本県が始めた「食べて応援!食のみやこ熊本券」。1口1万円で1万2,500円分利用できる、25%のプレミアム付き食事券です。
発行予定は20万口。すべて利用されれば25億円の消費につながります。
地震後、宿泊業には「九州ふっこう応援割」が始まりました。飲食業にも需要喚起策が必要だという考え自体に違和感はありません。
今年は熊本県内でも各地でプレミアム商品券が発行されています。熊本市では40%のプレミアム商品券が販売され、その販売方法をめぐって多くの批判が起きました。
そうした経験も踏まえ、今回は早期に支援を始めることを重視したのでしょう。
問題はその方法です。
今回の食事券は、肥後銀行が提供する「くまモン!Pay」でしか購入・利用できません。
ところが、第1回の販売予定5万口に対して、申し込みは約1万1千口。22%にとどまりました。
県内には約7千店の飲食店がありますが、利用開始日の9月10日に使えたのは約530店。全体の8%にも届きません。翌日には約660店が加わりましたが、それでも約1,190店、2割弱です。
25%もお得なのに、なぜこれほど利用が伸びないのでしょうか。
記事では、76歳の男性がアプリ登録に苦労し、「高齢者には不親切な事業だ」と話しています。
しかし、これは単なる高齢者のデジタル問題ではないと思います。
利用者はアプリを入れ、登録や本人確認を行い、食事券を申し込み、利用できる店を探さなければなりません。飲食店側も、この食事券を利用してもらうには「くまモン!Pay」に対応する必要があります。そして、食事券が利用された場合には原則1.5%の決済手数料を負担します。
なお、その加盟店手数料の一部は自治体へ寄付される仕組みになっています。ですから、手数料がそのまま事業者の利益になるわけではありません。
それでも、被災した飲食店を支援する制度で、支援される側に新しい決済手段への対応と手数料負担を求めていることに変わりはありません。
私は、ここに大きな違和感があります。
復興支援策で最初に考えるべきなのは、「どうすれば被災した事業者に、最も早く、最も広く支援が届くか」ではないでしょうか。
できるだけ多くの飲食店が参加できる。できるだけ多くの消費者が簡単に利用できる。その目的を実現するために、紙の商品券なのか、既存のキャッシュレス決済なのか、複数の方法を併用するのかを考える。
順序は本来、
「被災した飲食店を支援する」
↓
「そのために多くの消費者に利用してもらう」
↓
「その目的に最も適した方法を選ぶ」
であるはずです。
ところが今回は、特定の決済手段が先にあり、利用者と飲食店がその仕組みに合わせる形になっているように見えます。
しかも、この事業には7億5千万円の予算が計上されています。
20万口すべてが販売された場合、25%のプレミアム部分は、20万口×2,500円=5億円。
事業費7億5千万円との差は2億5千万円です。
もちろん、この2億5千万円が特定の事業者に支払われるという意味ではありません。事務局運営、システム、広報、問い合わせ対応、店舗募集、精算など、さまざまな経費が必要でしょう。
7億5千万円は具体的に何に使われるのか。なぜ「くまモン!Pay」に一本化したのか。他の決済方法との比較は行われたのか。
公費による復興支援であり、しかも特定の民間サービスを利用条件にするのであれば、その説明はあってよいと思います。
また、25億円分すべての決済に1.5%の手数料がかかると仮定すれば、店舗側が負担する手数料は単純計算で3,750万円です。その一部は自治体へ寄付されるとしても、原資を負担するのは飲食店です。
一方で、「くまモン!Pay」には利用者が増え、加盟店が増え、決済量も増えます。
民間企業が行政事業によって利益を得ること自体を問題だとは思いません。民間のシステムやノウハウを使う以上、適正な対価や利益が発生するのは当然です。
ただし、復興支援では順序が重要です。
事業者の利益は、被災した事業者や地域を最も効果的に支援した結果として生まれるべきであって、支援される側が事業者の仕組みに合わせることが先になってはいけないのではないか。
今回の違和感は、食事券だけの話でもありません。
熊本では近年、決済方法の変更が続いています。
私自身、以前は公共交通機関でSuicaなど全国交通系ICを利用していました。それが使えなくなり、仕方なく「くまモンのICカード」を使うようになりました。その後クレジットカードのタッチ決済が導入され、今度はその「くまモンのICカード」も終了し、新しいサービスへ移行していきます。
そのたびに利用者は、新しい仕組みに適応しなければなりません。
デジタル化やDXは、本来、人を便利にするためのものです。
提供する側の事情が変わるたびに、利用者に新しいアプリを入れさせ、新しい操作を覚えさせることがDXなのか。
これは行政だけの問題ではありません。
企業でも「お客様のため」と言いながら、自社アプリへの登録を求めたり、「利便性向上」と言いながらセルフ操作を増やしたり、「DX」と言いながら、それまで自社が負担していた手間を顧客側に移したりすることがあります。
会社にとって便利であることと、顧客にとって便利であることは同じではありません。
今回の食事券も、「デジタルだから悪い」「くまモン!Payだから悪い」という話ではありません。
その制度は、誰を中心に設計されたのか。
顧客ファーストも、被災者ファーストも、言葉で掲げるだけでは意味がありません。
誰の負担を減らしたのか。誰に新たな負担を求めたのか。誰に利益が生まれるのか。そして、本来最も支援されるべき人に、本当に支援が届いたのか。
第1回の申し込みは予定の22%。参加店舗も2割弱。
この数字を見る限り、少なくとも出だしの段階で「被災した飲食店に広く支援が届いている」とは言いにくいでしょう。
復興支援で何より優先されるべきものは、制度でもアプリでもありません。
被災した人と事業者だと思います。

