「キャンセル界隈」は新たな金脈? バスタオルから飲み会まで「やめる」が売れる理由 2026年9月8日、Yahoo!JAPANニュースはこう題した記事を掲載しました。
記事では、バスタオルをやめ小さなタオルを使う、自炊を宅配食に替える、年賀状をやめるといった行動を「キャンセル」とまとめ、その背景には時間や気力の不足があるのではないかと分析しています。さらに、こうした動きを新たな消費市場として捉えていました。
ところが、読み進めるうちに一つの疑問が浮かびました。
「それって、そもそもキャンセルと言えるのか?」
最初に引っかかったのが「バスタオルキャンセル」という言葉。
大きなバスタオルを使わず、小さなタオルに替える人がいる。洗濯物がかさばらず、乾きやすく、収納もしやすい。それ自体は合理的な選択だと思います。
しかし、よく考えると何もキャンセルしていません。風呂から上がれば、結局は体を拭きます。髪の長い人なら、小さなタオルでは何枚も必要になったり、ドライヤーを使う時間が長くなったりするかもしれません。洗濯の負担が少し減る一方で、別の手間が増える可能性もあります。
そもそも、バスタオルを干したり畳んだりすることを、どれほどの人が大きな負担だと感じているのでしょうか。
一方、「風呂キャンセル界隈」という言葉もよく耳にします。まあこちらは分かります。「今日は面倒だから風呂に入らない」。予定していた入浴という行為そのものをやめているので、確かにキャンセルです。
ところが「キャンセル」という言葉が流行すると、その箱の中にいろいろなものが入れられ始めます。
バスタオルを小さくする。アイロンをかけなくてよいシャツを着る。自炊せず宅配食を利用する。年賀状をやめる。行列をお金を払って回避する。
一見すると、どれも「何かをやめている」ように見えます。しかし中身はまったく違います。
道具を替えたものもあれば、工程を減らしたものもある。外部に任せたものもあれば、習慣そのものを廃止したものもあります。それぞれ目的も理由も違うはずです。
それを先に「キャンセル界隈」という箱に入れ、「共通する背景は何だろう」と考えると、話がおかしくなります。
そして「現代人は時間と気力が不足しているため、さまざまなことをキャンセルするようになった」と説明すれば、きれいな物語にはなります。
しかし、本当にそうでしょうか。
バスタオルを小さくした人は、単に「大きい必要がなかった」だけかもしれません。年賀状をやめた人は、疲れているのではなく「今の時代には必要性を感じない」と考えたのかもしれません。
もう一つ注意すべきことがあります。
ニュースになるのは、普段と違う「特別なこと」です。
今日も普通に風呂に入り、昨日と同じバスタオルを使った人はニュースになりません。「バスタオル、今日も使いました」とSNSに投稿する人もほとんどいないでしょう。
一方で、「やめました」という変化は発信されやすい。そこに「○○キャンセル界隈」という名前が付き、SNSで繰り返され、ニュースでも何度も取り上げられる。すると、実際にどれほど増えているのか分からないまま、大きな社会現象のように見えてきます。
もしかすると、「キャンセル界隈」という一つの現象など、そもそも存在しないのかもしれません。
存在するのは、昔からあった「やめる」「省く」「替える」「任せる」といった、それぞれ別の人間の行動。それらに流行の言葉が付けられ、同じ箱に入れられただけなのかもしれません。
抽象化は、複雑なものから共通する構造を見つけるための大切な思考法です。しかし、具体をよく見ないまま先に箱を作れば、本来重要だった違いまで捨ててしまいます。
そして一度名前を付けると、人はその名前に対応する何かが本当に存在すると思い始めます。
経営でも、これはよく起こります。
「人手不足だから店が回らない」「Z世代の価値観」「うちはDXが遅れている」「価格競争が激しい」。こうした言葉は便利です。複雑な状況を短い言葉で説明できるからです。
しかし、「人手不足」と呼ばれている問題をよく見てみると、人数そのものではなく、仕事の分担が悪いのかもしれません。教え方に問題があるのかもしれない。管理者が全体を見られていないのかもしれない。三人いても回らない職場なら、一人増やしたところで解決しないこともあります。
「Z世代の価値観」で括られている離職も、本当に世代の問題なのか。評価の仕方、上司との関係、仕事の意味、労働条件などを一つずつ見れば、まったく別の原因が見えてくるかもしれません。
DXも同じです。紙をデジタルに置き換えれば解決するとは限りません。そもそも不要な業務なら、デジタル化する前にやめた方がいい。仕事の流れが悪いままシステムを入れれば、非効率をそのままデジタル化するだけです。
怖いのは、問題に名前を付けた瞬間、解決策までその名前に引っ張られることです。
「人手不足」なら採用する。「DXの遅れ」ならシステムを入れる。「Z世代の価値観」なら若者向けの制度をつくる。しかし、最初の問題設定が間違っていれば、どれだけ正しく解決策を実行しても成果は出ません。
抽象化は、本質を見つけるために使うものです。
しかし、現実をよく見る前に便利な言葉の箱へ入れてしまえば、本質を見つけるどころか、本質から遠ざかってしまう。
「キャンセル界隈」という言葉から学ぶべきなのは、新しい市場の存在ではなく、むしろその逆なのかもしれません。
便利な言葉ほど、まず疑ってみる。
流行りの言葉に流される前に、一度立ち止まって考えてみるといいかもしれません。

