
「なぜ『サマンサタバサ』はここまで追い詰められたのか 『4℃』との共通点」2023年12月20日、ITmediaビジネスONLINEはこう題した記事を掲載しました。
記事によれば「『Samantha Thavasa(サマンサタバサ)』が崖っぷちらしい。最終赤字が8期連続で、12月のボーナスも支給されないということで、『いよいよか』と話題になっている」としています。
記事の中では、「サマンサタバサ」と「4℃」が存続の危機と言われるまで追い詰められた共通点として「ブランドの大衆化」が挙げられています。短期間で爆発的に売れた結果、誰でも持っているものになってしまった。結果、飽和状態となり希少性がなくなった。一言でいえば「ダサくなった」。
普段の生活で使うような日用品(必需品)が普及することと、必需ではない奢侈品(しゃしひん、ぜいたくなもの)が飽和し陳腐化するのは全く意味が違います。記事にもあるように、「希少性」は価値を構成する要素の一つです。特にブランドであれば、この点は特に重要なポイントになります。
ブランドとして認知されているモノの「希少性」が失われると、確実にその価値は下がります。誰も持っていないからこそ惹かれるし憧れる。そこに多くの人間は価値を感じます。となりの小学生でも持っているモノは、いわゆるブランドとして認知されにくい。
翻って、私は「価値」が3つの要素で構成されると考えています。その3つとは「有用性」「希少性」「関係性」です。つまりその人にとって「役に立ち」、「限りがあり」、「好意をもつ」ものは価値が高くなります。
要するに人を「快」の状態にするもの。これが価値の本質です。この点、大半の人間にとって最も価値が高いのは「家族」だと私は認識しています。
話を戻すと、サマンサタバサや4℃の業績、すなわち価値が下がったとすれば、世間一般の人々にとって、有用(おしゃれ)ではなくなり、希少性も失われ、ブランドに好意を持つ人(ファン)が激減しつつあるのでしょう。
そもそもは両者とも一時的な流行であって、ブランドという認識が違ったのかもしれません。
競争戦略の分野で優れた考察を展開する経営学者の楠木建氏は「ブランディング」より「ブランデッド」という話をしています。
楠木氏曰く、「ブランドというものは振り返ったときにできているもの」であり、「毎日の商売で、ありとあらゆる顧客との相互作用の積み重ねの中で信用が積み重なり、それが振り返った時にブランドになっている」つまり「ブランディング(行動)ではなくブランデッド(状態)」。
また、手っ取り早く「ブランディング」しようと広告予算を組んだり、固有名詞をバズらせようとSNSに精を出す企業は少なくないが、ブランディングというお化粧で勝負してもすぐに「お化粧」ははがれてしまうと楠木氏は言います。
まったくもってその通りだと思います。要するにブランド化するにはそれ相応に時間も労力もかかる。お金を使って表面的に着飾ってもそれはブランドでも何でもなく単なる見せかけだけのお化粧。
経営者の皆さん。ブランディングという言葉に踊らされないようにしましょう。結局は日々の地道な積み重ねが大きな力になり、その結果「ブランド」が生まれるのです。

コメント