
「生成AIに宿題、レポートをさせるのは悪いことか」2025年08月30日、東洋経済オンラインはこう題した記事を掲載しました。
夏休みの宿題で短歌を作ったある生徒が、「夏を穿つ」という表現を使用。保護者はそのみずみずしい感性に感心しましたが、実は子ども本人は意味を知らず、AIに頼っていた。
問いただすと「8割は自分で作った」とモゴモゴ言う。保護者や先生の間には「ズルではないか」という葛藤が生まれます。しかし考えてみれば、大人も日々の仕事で生成AIを活用しています。
宿題をAIに任せる子どもと、資料作成にAIを利用するビジネスパーソンの間に、本質的な違いはあるのでしょうか。
ここで大切なのは、「AIを使うこと自体は悪ではない」という点です。AIそのものには善悪はありません。かつて電卓やワープロが導入されたときと同じく、AIもまた便利な道具にすぎません。
成果物の良し悪しを決めるのはAIではなく、人間の判断力と責任です。意味も分からずAIの出力をそのまま提出してしまうのは論外ですが、正しく補助的に活用できれば、大きな力を発揮します。
では、AIを単なる道具以上のものに変えるカギは何でしょうか。私は「能力」と「あり方」の二つだと考えます。まず必要なのは、成果物を吟味する最低限のスキルです。文章表現や数字の妥当性をチェックできる力がなければ、AIに振り回されてしまいます。
そして、それ以上に重要なのが「あり方」です。自分はどんな姿を目指すのか、何を使命とし、どのような価値基準で判断するのか。ここが曖昧だと、AIに頼れば頼るほど方向性を失い、短期的で小手先の利用に終始してしまいます。
教育現場でのエピソードは、まさに企業経営にも重なります。AIに任せた資料をそのまま顧客に提出してしまう社員がいれば、信頼は一瞬で失われる可能性があります。
逆に、AIを使って調査や構成を効率化しつつ、自分の目でチェックし、会社のビジョンに沿った提案に仕上げる社員は大きな成果を上げるでしょう。
翻って、情報やアイデアの「何を言うか」は、AIによって膨大に生み出されています。つまり情報が溢れその価値は下がっていく。したがって、今後価値が上がるのは「誰が言うか」になっていきます。経営者自身のあり方、使命感、価値基準こそが、言葉や提案に重みを与えます。
顧客や社員はAIの出力を信じて動くのではありません。「この経営者が言うから」「この会社が掲げる理念だから」と納得する。
経営者に求められるのは、社員に「AIを使うな」と禁じることではありません。むしろ正しく活用できる環境を整え、同時に「自社のあり方」を示すことです。文部科学省が教育のガイドラインを出したように、企業もAI活用に関するルールを持つべきです。そのルールの根幹に据えるべきなのが、自社のビジョンや価値基準です。
AI時代に生き残るのは、AIを恐れる企業でも、盲信する企業でもありません。能力とあり方を持ち、自らの判断でAIを使いこなす企業です。
経営者自身が「あり方」を固め、それを社員と共有すること。「誰が言うか」という重みを備えた企業が、AIの時代をリードしていくのです。

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