エルメスの店舗には、今日も人が並んでいます。
ラグジュアリー市場ではブランドによる明暗が分かれていますが、エルメスの業績は際立っています。2025年の売上高は160億200万ユーロ、営業利益は65億6,900万ユーロ。営業利益率は41.0%。2026年上期も41.0%を維持しています。
なぜ、これほど強いのでしょうか。
バーキンやケリーの希少性、値引きをしない姿勢、高いリセールバリュー。確かにどれも強さの一部です。しかし、現在見えている姿からブランドを理解すると、因果を取り違える可能性があります。
エルメスは、簡単に増産できません。
2025年時点で製品の75%をフランスで生産し、55%を自社または専属工房で製造しています。主要な直接仕入先50社との平均取引年数は21年。職人学校を設け、希少な技術を持つ工房やメーカーを傘下に迎えいれながら、素材、技術、人材を長い時間をかけて蓄積してきました。
職人が作る以上、需要が増えたからといって翌年から生産量を倍にはできません。
品質を守ることが、生産量の制約になる。
その制約を超えて需要が増えれば、商品は希少になります。
そして、希少性が一定の水準を超えると、少し変わったことが起こります。
バーキンやケリーは、お金を持って店舗へ行けば買えるとは限りません。服や靴、ジュエリー、食器などの購入実績を重ねることが、希望するバッグを紹介される可能性に影響します。この販売慣行をめぐっては、米国で訴訟にもなりました。
普通の小売業では、店が「買ってください」と顧客に働きかけます。
ここでは顧客が「売ってほしい」と店に通う。
ブランドの力が、売り手と買い手の関係まで変えています。
さらに中古市場があります。
バーキンの一部は、新品の定価を上回る価格で取引されます。すると「数百万円もするから買わない」とは限らなくなる。「高くても売れば価値が残る」と考える人が現れます。
品質を守るため大量生産しない。
だから希少になる。
希少だから簡単には買えない。
簡単には買えないから中古価格も上がる。
価値が落ちにくいから、さらに欲しい人が増える。
ここまで来ると、最初の「品質が高いから欲しい」だけではありません。
希少だから欲しい。手に入りにくいから欲しい。価値が落ちにくいから欲しい。
ブランドが強くなることで、当初とは違う需要まで生まれています。
高い品質を守ることが供給を制約し、希少性を生む。その希少性が顧客を選別し、購入実績を積んででも欲しいという行動を生み、やがて商品に資産のような性格まで与える。
強さが、次の強さを生み、その強さゆえの歪みも生む。
そして、ここからが中小企業にとって重要です。
現在のエルメスだけを見れば、「値引きしない」「高く売る」「限定する」「顧客を選ぶ」といった特徴が目につきます。
しかし、それはエルメスを作った出発点ではありません。
価値を作る。品質を守る。それを長く続ける。顧客から信用される。需要が増える。その先に、現在の希少性や価格、顧客を選べる立場があります。
経営学者の楠木建氏は、「ブランディング」より「ブランデッド」が大切だと述べています。
ブランドを作ろうとするのではなく、商売を積み重ねた結果として、ブランドになっている。
この言葉は、エルメスを見るとよく分かります。
顧客を選んだからブランドになったのではなく、顧客から選ばれ続けた結果、顧客を選べるようになった。
この順番を逆にすると、中小企業では危険です。
十分な需要がないのに供給を絞れば、希少品ではなく売れない商品になる。十分な価値がないのに値段を上げれば、高級品ではなく割高な商品になる。十分に選ばれていないのに顧客を選べば、単に顧客が減る。
成功企業の現在の姿は目につきます。
しかし、本当に見るべきなのは、その姿になるまでに何が積み重なったのか。
エルメスから学ぶなら、表面的な「ブランド戦略」を真似るより、その強さが生まれた順番をたどる方が、はるかに重要なのだと思います。

