ニュースの論点No.988 食品消費税1%という「効かない鎮痛剤」

「食料品「消費税1%」の波紋…歓迎する消費者、一方でスーパー、町中華、農家など、各業界の受け止めは三者三様「救世主」か「混乱の火種」か…現場の声は」2026年8月29日、Yahoo!JAPANニュースはこう題した記事を掲載しました。

■ある飲食店店主の疑問

「食料品の消費税が1%になるのか」

昼営業を終えたA食堂の店主が、スマートフォンのニュースを見ながらつぶやいた。

「8%が1%か。ずいぶん思い切ったな」

最近は、仕入れ値が上がるたびにメニュー価格をどうするか悩んでいる。米も野菜も肉も、少し前の感覚では仕入れられない。それでも客の財布事情を考えれば、簡単には値上げできない。

そんな中での「食品消費税1%」である。食材にかかる税金が下がれば、少しは楽になるのではないか。そう思った店主だったが、しばらくして手が止まった。

「待てよ。仕入れで払う消費税が減ったら、差し引ける消費税も減るよな。だったら、後で納める消費税は増えるんじゃないか?」

■納税額が増えても、負担が増えるとは限らない

A食堂が500円の食材を仕入れ、1,000円の定食として店内で提供しているとする。実際には家賃や光熱費などもあるが、仕組みを理解するため、この一食だけで考えてみたい。

現在、食材には8%の消費税がかかるので、仕入先に払うのは540円。一方、店内飲食は10%だから、お客様からは1,100円を受け取る。

通常の消費税の計算では、売上で受け取った消費税100円から、仕入れで払った40円を差し引き、残る60円を納める。これが「仕入税額控除」と呼ばれる仕組みである。

では、食品の税率が1%になったらどうなるか。

500円の食材は505円になり、仕入れで払う消費税は40円から5円に減る。その代わり、100円から差し引ける税金も5円になるため、納税額は95円に増える。

60円が95円になるのだから、一見すると35円の負担増に見える。しかし、仕入れと納税を合わせると、現在は540円+60円=600円、1%になれば505円+95円=600円で同じである。

つまり、食材そのものの税抜価格が変わらなければ、消費税率が下がったこと自体でA食堂の負担が増えるわけではない。仕入先に先に払っていた35円が手元に残り、その分を後で税金として払う。大ざっぱに言えば、「いつ、誰に払うか」が変わるだけだ。

ただし、経営の現場では注意が必要だろう。仕入れ時の支払いが減れば預金残高は増えるため、それを使えるお金だと思ってしまえば、納税時に「消費税がずいぶん増えた」と感じる。税負担そのものより、納税資金の管理の問題が出てくる。

■小さな店なら、むしろ手元に残る場合もある

もう一つ、A食堂が小規模な店で、消費税を簡単に計算する方法を選んでいるケースも考えてみる。

一定の条件を満たす事業者には、実際に仕入れで払った消費税を一件ずつ積み上げる代わりに、業種ごとに決められた割合を「仕入れで払ったもの」とみなして計算する制度がある。

これを簡易課税といい、飲食店の場合は原則として、売上にかかる消費税の60%を仕入れで払ったものとみなす。

先ほどのA食堂なら、売上で受け取った消費税100円のうち60円を仕入れ分とみなし、40円を納める。ここで食材の税率が8%から1%になって、実際の仕入支払額が540円から505円に減っても、この40円は基本的に変わらない。

税抜仕入価格が同じなら、その分だけA食堂にはお金が残る。

したがって、「食品の消費税を1%にすると、仕入税額控除が減るので飲食店が苦しくなる」という説明だけでは正確ではない。通常の計算方法なら基本的には中立で、簡易課税ならむしろプラスになる場合もある。

では、飲食店にとって本当の問題は何なのだろう。

■同じ定食が、店内なら1,100円、持ち帰れば1,010円

政府の方針では、2027年4月から2年間、飲食料品を1%にする一方、外食は10%のままとされている。

A食堂の1,000円の料理なら、店内で食べれば1,100円、持ち帰れば1,010円。同じ料理でも90円違う。スーパーの弁当やコンビニの惣菜も1%になる。

家計に十分な余裕があれば、90円くらいなら店で食べようと思うかもしれない。しかし、物価が上がり、使えるお金がそれほど増えていない状況では、「今日は持って帰ろう」「外食をやめて惣菜にしよう」という選択が増えても不思議ではない。

しかも、税率を下げたからといって、人が急に多く食べるわけではない。キャベツが7%安くなったから7%多く食べるわけでもなく、来年食べる魚を今年買っておくこともできない。

食品は自動車や家電のように、減税期間中へ需要を大きく前倒しすることも難しい。

つまり、総需要を増やすというより、外食から中食へ、店内飲食からテイクアウトへと、今ある需要を移動させる可能性の方が高い。税制によって競争条件を変える側面が強いのである。

■税金は下がった。でも食費は増えた

さらに問題なのは、食品価格そのものがすでに動いていることだ。

2026年7月の消費者物価指数では、全体の物価上昇率が前年同月比1.9%なのに対し、食料は3.5%、生鮮食品は7.0%上昇している。食品は全体以上に値上がりしており、とりわけ生鮮食品は税率引下げによる価格押下げ幅を上回るほど動いている。

税抜100円の商品は現在108円だが、1%になれば101円になる。しかし、原材料費や人件費、物流費、為替、天候などによって本体価格が100円から107円になれば、1%を加えて約108円。消費税は大幅に下がったのに、財布から出ていく金額は元と同じになる。

さらに値上がりすれば、「税金は下がったのに、去年より食費は増えた」となる。価格を据え置いて内容量を減らす実質値上げまで考えれば、生活者が感じる負担と税率の数字はますます離れていく。

もちろん、「減税しなければもっと高かった」という説明はできる。それは計算上は間違っていない。しかし、人は存在しなかった価格と比較して生活しているわけではない。実際に去年よりいくら多く払っているかで、生活の余裕を感じる。

そして、仮に最初は少し安くなったと感じても、人はその状態に慣れる。101円が続けば101円が普通になる。馴化である。

ところが2年後、その税率を8%へ戻せば、生活者にとっては「元に戻った」のではなく「値上がりした」と感じる価格になる。しかも、その2年間に本体価格が上がっていれば、値上がり幅はさらに大きい。

減税時の小さな利益には慣れてしまう一方、税率を戻したときの損失は新たな痛みとして認識される。人は損失を利得より2倍大きく感じるとされる。消費減税導入時と終了時の心理的効果は対称とは考えにくい。

■問題は、対症療法を治療のように扱うこと

私は、対症療法そのものを否定しているわけではない。企業経営でも、資金繰りが危なければ、まず現金を確保する必要がある。大量に出血している患者なら、病気の原因を議論する前に止血する。当然のことである。

ただし、それで治療が終わるわけではない。

なぜ資金が足りなくなったのか、なぜ利益が出ないのか、商品なのか、顧客なのか、組織なのか、事業構造なのか。本質的な問題に手を付けないまま融資だけを重ねれば、それは改善ではなく問題の先送りになる。

さらに問題なのは、対症療法だと分かっているのに、それを問題解決であるかのように扱うことだ。社員を安心させたい、銀行を納得させたい、何か対策をしているように見せたい。そうした別の目的が前に出れば、施策そのものが本来の目的から離れていく。

政治についても、同じ視点で見る必要があるだろう。「食品の消費税を8%から1%にする」という政策は非常に分かりやすい。しかし、食品価格高騰の原因を解決するわけでも、所得を増やすわけでも、供給力や生産性を高めるわけでもない。

その一方で税収は減り、企業も行政もレジやPOS、会計、価格表示などの変更に時間と費用を使い、2年後にはもう一度変更する。外食と中食の競争条件まで変える。

それが人気取りを目的としたものかどうかは、外から断定できない。ただ、経営者が施策を評価するときと同じように、「何をやったか」ではなく、「何を解決したのか」を見る必要がある。

対症療法が必要な場面はある。しかし、根本原因に手を付けない対症療法を続けても、問題を先へ送るだけである。

まして効果が外部環境に埋もれ、人はすぐに慣れ、多額の税収と社会全体の時間や労力を使い、終了時には新たな反動まで生むのであれば、費用対効果は慎重に検証すべきだろう。

食品消費税1%は、物価高という問題に対して巨額の費用をかけて処方する「効かない鎮痛剤」になってはいないか。

企業経営でも、問題先送り的な施策にはあらゆる誘惑があふれている。きつい時こそ、本質的な問題から逃げず、真正面から取り組んでいきたい。

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