「AI、子供に深刻な悪影響恐れ 元グーグル幹部、対策要求」2026年9月23日Yahoo!JAPANニュースはこう題した記事を掲載しました。
元グーグル幹部が、AI企業に対して子どもの利用に関する安全対策を強化するよう求めたというニュース。AIへの依存や精神面への影響、批判的思考力の低下などを懸念しているといいます。
新しいものが登場するたび、子どもへの悪影響は指摘されてきました。
テレビ、ゲーム、スマートフォン。
結果として、すべての懸念が当たったわけではありません。しかし、ゲームへの依存やスマートフォンの過剰利用など、実際に問題になったものもあります。
共通するのは「依存」です。
最初は楽しいから使う。便利だから使う。それが徐々に、使わずにはいられなくなる。睡眠や勉強、人間関係よりも優先するようになる。
自分が道具を使っていたはずが、いつの間にか道具に使われる側になる。
AIにも同じ危険があります。
しかもAIは、ゲームやスマートフォンとは少し性質が違います。
質問すれば答える。分からないことを説明する。悩みを聞く。文章を書く。考えまで整理してくれる。
そして、かなりもっともらしい答えを返してきます。
ここが厄介です。
私は中小企業経営が専門です。その分野でAIを使えば、「この説明は浅い」「そんな単純な話ではない」「現場では使えない」と分かります。
しかし、知らない分野ではそうはいきません。
AIが専門用語を使い、筋の通った文章を返してくれば、「なるほど」「さすがAIだ」と思ってしまうことがあります。
人間は、自分が知っていることより、知らないことの方がはるかに多い。
つまり、
「AIが最も賢く見えるのは、自分が最も知らない分野」
とも言えます。
これが子どもならどうでしょう。
当然、大人以上に知らないことが多い。経験も少ない。AIの答えが正しいのか、間違っているのか、どの程度信用してよいのかを判断するための物差しがまだありません。
何を聞いても即座に答えるAIを見れば、「親よりAIの方が賢い」と思うこともあるでしょう。
さらに問題なのは、AIを使えば自分まで賢くなったように感じてしまうことです。
難しい質問にも答えられる。立派な文章も書ける。学校の課題も短時間でできる。
しかし、AIが答えを出せることと、自分が理解したことは同じではありません。
ここを取り違えると、自分で調べる、自分で考える、分からないまま悩む、失敗しながら身につける、といった過程が抜け落ちていきます。
そして、自分で考えるよりAIに聞いた方が早いとなれば、さらにAIを使う。
使うほど頼る。頼るほど自分で考えなくなる。そして、ますますAIなしでは考えられなくなる。
これは一種の依存でしょう。
だから、子どものAI利用にはある程度のガードレールが必要だと思います。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と言います。
しかし、子どもは何が「過ぎた」のかを自分で判断することが難しい。
AIを禁止すればよいという話ではありません。むしろ上手に使えば、これほど便利な学習道具もないでしょう。
ただ、AIに触れる時間以上に、自分の目で見る、自分の耳で聞く、自分の手で触れる、人と話す、自分で考える時間を失ってはいけない。
子どもは、そうした経験を積み重ねながら、自分なりの物差しをつくっていきます。
その物差しがあるからこそ、AIの答えを疑うこともできる。
AI時代に本当に必要なのは、何でもAIに聞くことではありません。
AIがなくても、自分で見て、自分で考え、自分で判断できる人間を育てること。
道具に支配されないためには、まずそこが土台になるのだと思います。

